お盆だったわ

車で久しぶりの道を走りながら「そういえばお盆だったわ。」と思い出した。今ってお盆なんだね。
どうして道を走りながら思い出したのかというと、19歳のときだったかな、その道を走ってたときに耳の周りで複数の何らかが会話をするような声が聞こえてな、声というか声にならない声なんだけど、その頃の僕は霊的なものへの反応というか霊的なものからの働きかけと言った方が正しいのかもしれないけど、とにかくはそういうことがたびたび起きててね、そのときも「あ、ヤバいものが寄ってきたかも」と思えたの。で、そこから100mくらい走ったら、道端に「ペット霊園入口」的な看板が見えてな、「あ、これか。」と思ったのだ。人間だけじゃなくてペットも寄ってくんのかよと。そんなことがね、19歳あたりから数年にわたって起こるようになったのよ。特に強かったのがお盆の時期だったからさ、変なものが頻繁に寄ってくることで「あ、お盆か。」と気づくほどだった。
で、話を戻すと、どうして久しぶりの道を走ったことで「お盆だったわ。」と思い出したのかというと、その「ペット霊園入口」的な看板がある道を走ったから。その近辺で変なものを感じたということでは無く、その看板を見たことで「そういえばあの時はお盆だったな。」と思い出し、「そうか、今もお盆か。」とつながったのだ。

あれからもう30年も経つのか。30年も経つというか、もう20代の後半あたりには無くなってたんだけど、ああいう「霊的なものからの働きかけ」って無くなったなーと。まぁあるにはあるんだけど、アプローチの仕方が変わったというか、アプローチしてくるものの種類が変わったというか。有難いことに、怖い思いをすることはほとんど無くなったかな。怖い思いをするのでは無く、予知と言うと大げさだけど、「ああ、これってこうなるかも。」ということが事前に分かるようになった。と言うかなんつーか、全般的に敏感になったかな、ここのところ。まぁいいや。

っつーことで、実家ではナスとキュウリに脚をつけたのを家の入口付近に置いておくんだけど、今の住まい、つまりは東京なんだけど、東京では作り方もちょっと違うようで、見ているだけで楽しいな、という無難なことを書きつつ、今日の日記をしめましょう。皆さま、よい一日を。

我が子の目に映るもの

2~3週間ほど前の『検査待ちと代替医療』という日記に「死ぬのかもしれない」と書いた。もちろんそこで癌が発覚したとしてもすぐに死ぬとは思っていなかったけど、舌から首のリンパへと癌が転移した時点で5年生存率がうんたらかんたらと言われていたので、その癌がさらに転移したとなるとその生存率もぐんと下がるんだろうなとは思っていた。で、実は今まで誰にも言って無かったんだけど、それ以外にもいくつか気になる要素があって、それらの「点」がいくつか集まったところで「線」として繋がったから「死ぬのかも」と思えたということ。でも先日のPETの結果を受けて、首の左右のリンパにできたしこりと舌の縁のふくらみが癌では無いと結論付けられたので、なんだよやっぱり今すぐに死ぬことはねーんじゃねぇかよと安心した。安心したので、今朝、それらの点のうちのひとつについて妻に話してみた。「今まで黙ってたけど、実はこんなことがあったんだよ。」と。

子供をね、僕がお風呂に入れているの。事務所に通っているころは帰りが遅くなるから妻が入れていたんだけど、最近はテレワークで自宅にいることがほとんどだから僕が入れているの。
子供と一緒に湯舟に入ってからさ、「出るよ!」ってときには子供の身体を仰向けにして水平にしたまま持ち上げるのよ。仰向けにすると天井が見えるじゃない。天井には換気扇というか送風口というかなんか機械が付いてるの。それが好きみたいでさ、だから持ち上げるときには水平にして天井ギリギリまで上げてあげるのよ。機械を間近で見られて喜ぶから。毎日そうしてたんだけど、ある日ね、いつも通りに仰向けにして持ち上げようとしたら子供の表情が変わったの。『魔太郎が来る!!』に出てくるみたいな顔になった。一言で言えば恐怖よ。「殺される~!!」みたいな。最初は「?」と思ってたんだけど、それ以降、来る日も来る日もその瞬間だけは同じ表情をするようになったから、もう仰向けにして持ち上げるのは止めて、普通に抱っこして出るようにした。抱っこして「怖くないからね」って言いながらお風呂から出てた。その時の目線はさ、換気扇みたいなやつじゃなくて僕の右後方を見るんだよね。天井の隅っこ。だからお風呂の天井付近に何か怖いものが見えてるんだろうなーと思ってた。
大事なのはそれが何かっつー話でさ、正確なことは分からないんだけど、何かに憑依されている感覚は無いから憑依では無さそうだし、癌なのか癌じゃないのかって時期だったからそのテのアレがついてきたのかもしれないとは思いつつも、もしかしたら死神なのかなと思っていた。いや、死神なんだろうなと。死神ってさ、空想上のものだと思ってる人もいるでしょ。考え方は自由だからそれでもいいんだけど、実際いるのよ、死神って。死期が迫るとやってくる。だから「オレやっぱり死ぬのかなぁ。残念だなぁ。」って思ってたの。それがさ、どうも最近は見えなくなったみたいで、天井を見てもエコエコアザラクみたいな顔をすることは無くなった。機械を見ながらフツーに笑うようになった。だから結論としては天井付近にいたのは死神じゃなさそうだなと。いたとしたら「そのテのアレ」だったのかなと。やっぱり鬱々としてちゃダメだね。変なの連れてきちゃう。

っつーことで、最近は毎日元気に楽しく過ごしております。健康大事。おわり。

ゾーンと霊能力

子供のころにUFOや幽霊を見たからだと思うけど、いわゆる「オカルト」と呼ばれるものごとには興味があるし、ここ何十年かの間に「スピリチュアル」と呼ばれるようになったような分野については片足を突っ込んでいる。ただこれは僕が持つもともとの性格によるものだろうけど、そういった「目に見えない世界」ってのはあるにはあるんだろうけどいまいち確信が持てないところもあり、自分が足を突っ込んでいるくせしてそういう話ばかりしている人は敬遠してしまうところがある。「何言ってんのこの人。」みたいな。だから自分の身に起きることに対してもどこか眉唾的な見方をする部分もあるんだけど、でも実際に起きているわけだしね、その眉唾的な部分を少しでも少なくできるのであればそうしたいと思っていた。「オカルト」やら「スピリチュアル」と呼ばれるものを科学的に証明できないものかなと。
自分個人でもできることって何だろうかと考えて、まず思いついたのが脳波を測定することだった。たとえば自分が霊視してるときだとか指の先からビームを出しているときの脳波を測定すれば何かが見えてくるんじゃなかろうかと思えてな。ってことで10年くらい前に大枚はたいて脳波測定器を買って実験してみたんだけど、当初の目論見通り、そういうときってシータ波が検出されやすいことが分かった。シータ波ってのは眠りに落ちる瞬間に出やすい脳波でね、よく耳にするアルファ波よりも深いっつーか緩いっつーかそういう波長なの。そこで僕が思ったのは「霊能者ってのは日ごろからシータ波が出てるんだろうな」ってこと。一般的には人間たるもの活動中にはベータ波が出やすいの。アルファ波は集中してるときとかリラックスしているときに出やすくて、シータ波は寝る直前だからさ、活動中にシータ波が出るってことはなかなか難しいんだと思う。でもそれができてるというか生まれつきというか、とにかくは起きてるときにもシータ波が出てるのが霊能者なんだろうなと。だから逆に言えば、起きてるときからシータ波を出す訓練をすれば霊能者と同じことができるんじゃなかろうかとも思えてくるよね。なんだかめんどくさくなってきたからサッと行くけれど、それは近からず遠からずだと思っている。
プロスポーツ選手が「ゾーンに入る」って言うじゃない。あれも僕は勝手にシータ波に近い脳波が出ている状態なんじゃなかろうかと思っている。活発に運動している最中に脳波がシータになるってこと。野球選手なんか「ボールが止まって見えた」とか言うじゃない。実は僕も過去に何度かゾーンと呼ばれるであろう状態を経験したことがあるんだけど、そのうち小学生のときに経験したのはさ、やっぱり野球の試合中にバッターボックスに入ってるときのことで、周りの声は全く聞こえないの。視野もめちゃくちゃ狭くなってるの。ピッチャーの腕から先とボールしか見えなくて、それがとてもスローモーションで動くんだよね。だからホームラン打ったよ。たぶん「超集中状態」だったんだと思う。
なんでゾーンの話を持ち出したのかというと、霊能者も運動選手も変わんねぇよということが言いたかったから。確かに霊能者は生まれつき脳波がアレな可能性はあるんだけど、脳波って訓練によっていくらか自由に操れるものだと思うんだよね。瞑想とかそうだろうし。だから何も特別なものでもないし、オカルトと呼ばれるものでもないのだよ。そう、オカルトやらスピリチュアルってのはフツーのことなんだよ。あれ?何が言いたかったんだっけ。途中でスーパー行ったりしてたからわかんなくなっちゃったよ。また思い出したら書くってことで、今日はもうこれでいいや。