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僕は大丈夫

さて、今日は午後から日帰り手術。舌の粘液嚢胞を切ってくる。粘液嚢胞を切るのは今日で3回目で、今日の手術で予定していたものは全て終了となる。ただ粘液嚢胞ってのは再発…というと大げさに聞こえるかもしれないから言い変えると、また膨らんじゃうこともあるものなので、これでまた膨らむことがあればそれはまたその時に対応を考えることになる。切るのか放置なのか。まぁ何はともあれ、今日の手術と抜糸までの1週間痛みに耐えればもうおしまい。いいこと。進んでる。

まだ12月も頭だけど意識が今年の振り返りを始めているのでいま頭の中にあることをそのまま書くとだな、僕は恵まれてるなぁと思える。いろんなことに感謝だなと。人間にも事象にも、いろんなことに感謝だよ。確かに今年は舌癌が首のリンパに転移をしてステージが3になり手術もしたけれど、なんか、いい1年だったと思える。粘液嚢胞の手術も重ねているけれど、なんつーか、そんなの些細なことなのよ。大きいのは子供が生まれたこと。男でも女でもどちらでもよくて、とにかく母子ともに元気に生まれてくれればそれで恩の字だと思っていたけれど、現状、母子ともに毎日元気に過ごしてくれている。それだけで感謝だよ。妻と子供と毎日一緒に過ごしているけれど、いまだ僕に子供ができたことが信じられない。それくらい、なんか凄いことなんだろうね、僕のなかでは。2人が3人になるんだからすげぇよな、人間って。分裂だよ分裂。増えたよ。
なんて言うのかな、今年だけではなくてさ、これまでの47年間を振り返ってみても僕はとても恵まれているなと思える。ってこんなこと書くともう死ぬみたいだけど、そういうことじゃ無いから。元気だから。前にも何度か書いてるけど、20代の後半くらいから「僕は大丈夫」と思えるようになったんだよね。いわれの無い自信みたいなものなんだけど、厳密に言えば自信では無くて、なんかこう、自分のなかで言うところの感覚的なものに従ってというか、それを見落とさないように生きていれば大丈夫だと思えるようになったの。で、実際に大丈夫だから。こんなに物事を考えずに生きていて大丈夫なのか?とも思えるんだけど、大丈夫なのよこれがまた。だからどちらかといえば自分では無くて自分のなかにその感覚を降ろしてくれているものがすごいんだなというか、その存在への感謝の念というか、そんなものを常に心の中に置いたまま生活しているから大丈夫なんだと心の底から思っている。僕という人間はひとりだけど、たぶん僕ひとりで生きてるんじゃ無いんだと思うんだよね。僕という存在は何人かのチームなんだと思える。主役は僕で、それ以外の「僕」が他にも何人かいるの。それがひとくくりになって僕を形成していると。具体的な提示はできないけど、なんかこう、そんな感覚なのよ。「安西祐輔、オールキャストでお送りします。」みたいな。僕はひとりなんだけどひとりじゃ無いんだなと。だからその全てに感謝しないとなと。

なんか最後に頭のおかしなことを書いたけど、こうやって心の声に従ってこれからも生きていくんだと思う。それでもう20年以上うまく行ってるからさ。そんな心の声は「もう今日の日記はこれでおしまいでいいぞ」と言っているのでこれでおしまいにするね。アディオス、みなさまよい週末を。皆さまに幸ありますことを。

頭の上

久々に「おかしな話」を。

我が子の笑顔は何ものにも代えがたいもので、それを見るだけでこちらも幸せな気持ちになるし、いつまでも守り続けたいとも思う。
で、その笑顔、もちろん僕の顔を見ながら笑ってくれることもあるんだけど、なかなかな頻度で僕の頭の上を見て笑顔になるのよね。顔では無くて、完全に顔の上を見て笑う。僕以外の誰かが我が子に笑いかけたり話しかけてくれているのかもしれないね。で、そんなとき、僕は自分のオーラを大きくして(いるつもり)サービスしてあげる。心の中で「愛してるよ」なんてことを思って、色も変えてあげている(つもり)。せっかくなら動きがあった方がより楽しいだろうなと思ってな。つい数か月前までは高級霊だったんだろうからそれくらいのものは普通に見えているだろうし。なんならアチラの世界に意識を向けているところを見せてみようかな。どんな反応するんだろ。子供にとっては案外当たり前すぎて無反応だったりして。

ここに住めてよかった

この週末は我が家の目の前にある神社のお祭りだった。昨日はお昼前あたりに山車と御神輿が出発して、夕方からは近隣の方々による演芸、そして日が暮れた頃には町内を回っていた山車と御神輿が老若男女を引き連れて戻ってきた。戻ってきた御神輿は、最後のパワーを振りしぼるように動きまわる。その周りでは大勢の方々が歓声をあげながらスマホを向ける。平たく言うと、最高潮の盛り上がりを見せている。「ここに住めてよかった」と、その様子を部屋の中から眺めていた妻が言う。その言葉の真意は聞いていないけれど、いや、聞いたけど忘れてしまっただけかもしれないけれど、こういった行事をきちんと、そして盛大におこなう地域に住むことができてよかったということなのだろう。

この土地に越してきたのは2012年の始めだった。僕がまだ独身というか、バツイチの4~5年目だった頃。引っ越し先はどこでも良かったんだけど、せっかくなら自分が好きになれるような場所に住みたいなと思い、自分の崇敬神社の分社の場所をまずは調べはじめた。そしてその神社の近くにある賃貸マンションを調べ、そのマンションに空きが無いかを調べてみたら、空いていた。そんな経緯で引っ越してきたのが今のマンション。
住んでみてわかったのがこの土地と僕とのマッチングの良さ。引っ越してきて1週間後に大きな案件が舞い込んで、1年しないうちに妻と出会った。前の妻との離婚から4~5年ほどが経ち、それまで停滞していた運気が一気に上がったように思えた。今の妻が部屋に泊まりにくるようになって手狭になりつつあったこともあり、どうせなら神社の真正面にある少し広い部屋に引っ越したいと思っていたころに空きが出て、審査の順番は2番目だったにも関わらず、今の部屋に引っ越すことができた。神社は南に向いていることが多いので、神社の正面の部屋ということは必然的に北向きの部屋ということになるから日当たりの悪さが心配だったけれど、部屋の北側に大きな窓が開いているといいと聞いたことがある。幸いにしてこの部屋の北側は、その全面が窓になっている。「いい」ってのはどういうことかというと、そこから神様が入ってきてくれるんだって。その真偽のほどは知らんけど、カーテンを開けると僕の崇敬神社が目の前にあるってのは悪く無い。そしてその神社が地域の皆さまから愛されているのだからなおさら。

これまでに7度の引っ越しを経験している僕だけど、同じ土地に7年も住み続けるだなんてここが初めて。マンションを購入したときですら4年しか住まなかった。果たしていつまで住み続けることができるかは分からないけれど、このご縁には感謝しているし、願わくば、それが少しでも長く続けばいいなと思っている。

天使の歌声

かれこれ6~7年ほど前の話になるけれど、赤坂にある某お店の20周年パーティーに参加をさせていただいたときのこと、舞子さんたちやら俳優さんたちやら歌舞伎役者さんたちやらも参加されたそれはそれはすんばらしい会だったんだけど、会がお開きになってめいめい会場を後にし始めたときのこと、突然僕の後ろから天使のような歌声が聞こえてきて、振り返ってみると、オペラ歌手のN島K江さんがアカペラで歌っていた。歌のプレゼントをなさっていたのかな。その歌声が素晴らしいなんてもんじゃ無くて、もう既に書いちゃったけど、天使の歌声ってのはこういうことを言うんだなと理解できてしまった。それまでは歌を聴いて涙が出るだなんてのはテレビの世界だけの話で演出の一環だろうくらいにしか思っていなかったけれど、N島さんの歌声を聴いたらそんな僕ですら涙が出そうになった。心に響いた。霊界通信の模様について書かれた『ベールの彼方の生活』では、あの世での暮らしの一部として、この世では考えられないような美しさの歌声に関する描写がたくさん出て来るけれど、ああ、こういうことなのかもしれないなと。なのでN島K江さんはこの世の天使みたいな存在なのかもしれないなと思えた。とにかくぼかぁ感動したのだよ。
N島さんは数年前に他界されているけれど、きっとあちらの世界でもあの美声を響かせているんだろうね。さらにすんごい歌声になってるんだろうなぁと、勝手に想像している。

吉夢

ここのところ舌癌(が首のリンパに転移)の話ばかりしていたので、今日は久しぶりに違った話題を。妻が見た吉夢について書くことにする。とはいえこの話は言ってみれば「コピーライト 妻」であり、僕の身に起きたことでは無いのでサラッと書くね。気になる方は妻に聞いてみてちょうだい。

昨年、僕らは妊活をしてたんだけど、ある日の晩、寝ていた妻が「うわぁ!」と大声を出した。飛び起きて妻を見ると目を瞑っているのでどうも夢を見ているらしい。怖そうにしていたので「大丈夫だよ。」と言いながら起こしてみると、ある動物が妻の肩に飛び乗ってきたとのこと。それで驚いたと。で、僕の記憶が確かなら、それから少しして妊娠が判明したんじゃなかったかな。僕のことだからもちろんうろ覚えだけどな。で、それから数か月後にも同じ夢を見て夜中に驚いて、さらには出産間近にも同じ夢を見て大声をあげていた。2回目の夢はよく分からんけど、3回目の夢は、おそらくはそのタイミングで我が子の魂が妻のお腹のなかにある子供の肉体に宿ったのではなかろうかと思っている。魂ってのは肉体ができたらすぐに宿るものでも無く、出産と同時に宿るものでも無いからな。

自分の肉体のなかに別人の魂が宿ってるってどんな感じなんだろう。考えてみると不思議なことだよね。僕ら男性では味わうことができない、女性の特権と言ってもいいのかもしれないな。