結婚記念日

今日は結婚記念日。2016年の1月4日に結婚してるから、おそらくは6回目の結婚記念日になるんだと思う。ふたりともプロレスが好きなので、年明けのバタバタなタイミングにも関わらず、1月4日に婚姻届を提出したんだな。頑張った。

僕は世の中の全てのものはマッチングの良し悪しが大切だと思っている。男女にしろ仕事にしろ、誰が悪い、何が悪いでは無く、相性が合うことが大切だと思っている。それでいうと、僕は妻と出会えて本当によかったと思っている。こんなに合う人が世の中に存在するとは思ってもいなかった。僕は恵まれている。

今は抗がん剤治療の2クール目を終え、今週中には退院して、また来週の頭には3クール目の入院をすることになるはず。本当は明日あたりに退院の予定だったんだけど、いろいろあって、今週の終わりあたりに後ろ倒しになるんだと思う。やらなければならない仕事があるんだけど、それはもう退院後に速攻でやるしか無いなと。家事も子育ても何もできぬままに何か月も経っており妻には本当に迷惑をかけているので、元気になったらプロレスにでも行きたいなと思っている。だからこんなところでつまづいてないで、元気にならなきゃな。

入院13~14日目

主治医の先生から「このまま次のクールまで続けて入院しますか?」と言われたけれど、「少し家に帰ります。」と答えた。多少の郵便物は溜まっているし、仕事もあるし、家族もいるから。退院日は明日あたりには分かるんだろうけど、おそらくは水曜日あたりじゃないかな。水曜日に退院して、また月曜日か火曜日に入院するんだと思う。

Facebookを眺めていると、みんなおいしそうなものを食べたりどこかへでかけたりと楽しそうでいいと思う。羨ましいとか腹立つとかそういう気持ちは微塵も起きない。なんで唐突にこんなことを書いたのかというと、さっき難病と闘う人物へのインタビュー記事を読んで、そこにはいろいろと他人が羨ましいと思うみたいなことが書かれていたから。僕はどう思うかなと意識を向けたところ、そういう感情は皆無だなということが確認できた。僕と僕以外の人とは違うものだからな。周りに幸せそうな人がいるのであれば、なんだかこっちにもおすそ分けがもらえそうでむしろ有難いわ。
書いてて思いだしたのは、余命を告げられた人物に悩み相談をするみたいな企画のこと。僕はそれを一切読んだことは無いし、いいも悪いも無いんだけど、余命が近づいたからといって人は達観するかというとそれは無いよなとは思う。何も変わらないよ。もっと言うと、死んでもスーパーマンになれるわけでもない。壁は通り抜けられるようになるだろうけど、生前理解できなかったものが理解できるようになるわけでは無い。人間、コツコツやるしか無いんだよ。コツコツ頑張って積み重ねて行くしか無いの。だから余命が近い人への人生相談は、単に余命が近いというだけであって、そこに一般とは異なる変わった回答を求めているのであれば、それも酷な話なんじゃないのかなとは思う。知らんけど。
僕が社会人2年生の頃に「普通の人はここからここまでの道をこうやって進むでしょ?でも僕らは違うの。僕らはそれよりも何百倍も速いこっち側の道を進むんだよ。」と丁寧に教えてくれた先輩がいたけれど、それからすぐに会社を解雇になった。マルチ商法をやっていたからね。むしろ生きているうちに尻拭いができて良かったんじゃないかな。

今日は少し熱があるみたいだけど、明日の朝には収まってるかな。そうであればいいなと思う。

ホテル・カリフォルニア

近所のスーパーへ行った。身体は本調子にはほど遠い。どのくらい遠いのかと言うと、少し動いただけで疲れてしまって、その倍の時間は安静にしていないとならないくらい。でも今日は我が子が大好きなバナナはもう無くなりそうだし、数日前に作った鮭と白菜のミルク味噌汁が好評だったからまた作ってあげたいと思っていたので、頑張って歩いて行ってきた。
スーパーに着くと、店内にはイーグルスの名曲『ホテル・カリフォルニア』が流れていた。このお店では過去にもやけにファンクな曲が流れていたりと、僕の琴線に触れる曲が流れていることが多い。で、精肉売り場のあたりに来た頃にあのツインギターが流れ始めたんだけど、それを聴いて唐突に涙が出そうになった。ホテル・カリフォルニアってこんなにいい曲だったっけ?こんなに美しいものに触れられるだなんて、本当に生きてて良かったなと思えた。
イーグルスはこの名曲を世界中に広めるに至った。僕は世界どころかご近所さんに爪痕を残すようなことすら何ら成し遂げていない。その差を埋めたいとは思わないけれど、多少はさ、頑張りたいなと思うので、まだまだ生きて行くつもり。