入院8日目〜12日目

ICUから一般病棟に戻ってきたとはいうものの、声を出せないことに変わりはないので、イライラすることもしばしば。手術前に1階のロッカーに預けた荷物は看護師さんがとってきてくれると聞いていたにも関わらず、筆談機でそれを伝えても、車椅子を用意するのでそれで取ってきてくれと言われる。この身体でどうしろと。首は動かしてはならないと言われていることに加え、首にはドレーンが4本繋がれ、鼻には栄養を摂るための管が入れられ、左手首には点滴が繋がれている。当然のように尿管にはカテーテルが繋がれており、皮弁を取った右大腿部にもまたドレーンが繋がれている。手術が終わったことを一刻も早く家族に伝えたいので、3回だったかな?取ってきてくれと伝えたけれど無駄だったので、半分怒りを込めつつ無理矢理にでも車椅子に乗ってやろうと思ってもがいていたところに別の看護師さんが来て「何してるんですか?」と。事情を察してくれたようで、車椅子を用意した看護師さんに対してやんわりと忠告を与えてくれて、結局はその看護師さんが荷物を取りに行ってくれた。はじめからそうしてくれ。そういう話だったんだから。というような揉め事っつーかイラッとする出来事はちょいちょい起きていた。喋れないことが原因なのかな?よく分からんけど。

この時期に一番大変だったのは、痰。とにかく痰が出まくるんだけど、こっちは口を閉じることができないくらいに舌が腫れているもんで、その処理ができないの。口から吐き出すことができないのよ。なので上を向いて寝ているとすぐに喉に痰が溢れて窒息しそうになるし(実際には喉に開けた穴のおかげで窒息することは無いんだけど)、体を起こしていても鼻の穴やらその奥やら色々なところに痰が溜まりまくる。鼻がかめりゃーいいんだけど、鼻には管が入ってるからそれができないんだよね。っつーかそもそも管が入ってるから痰が出るんじゃなかろうかとも思えるんだけど。ではその痰はどうやって処理するのかというと、定期的に看護師さんを呼んで、吸引機のようなものを使って吸ってもらうしか無いの。吸引機の管を鼻の穴から喉に向けて入れて吸ったり、首に開けた穴の蓋を外して吸ってもらったり。口の中は自分で吸引機を入れて吸うんだけど、それもなかなかね、難しい。だから吸引機を使ったとしても完璧に痰が取れるわけでも無く、そしてかなり頻繁に吸引してもらう必要もあるわけで、とにかくはまぁこの作業が大変だったし不快だった。形成外科からは「首を動かすな。最悪再手術になる。」と言われ、首を動かさないように寝れば喉に痰が溜まって(窒息で)死にそうになり、結果としては寝れないよね。ずっと同じ姿勢でいるもんだから背中やら腰やら尾骶骨やらも痛くなるし。だから寝ることはもう諦めていた。寝ようと思って寝れなくてイライラするよりも、最初から寝ようとしなければイライラしないし。ってことで数日を過ごしていたんだけど、わかったのは、人間って寝ないと精神的におかしくなるということ。おかしくなってきたことを自覚していたのでナースコールで看護師さんを呼んで支離滅裂な話をしたら、僕の手を握って「大丈夫ですよ。いつでも呼んでくださいね。」と優しくしてくれた。これぞホスピタリティー。大半のICUの看護師たちには見受けられなかったもの。症状が改善するわけでは無いんだけど、安心はする。そこが大事なんだと思う。

で、寝れないもんだから痛み止めと一緒に睡眠薬を処方してもらったんだけど、睡眠薬もヤバいよな。身体が一気にダルくなって寝そうにはなるんだけど、意識まではなかなか落ちて行かないのよ。寝てるんだか起きてるんだか分からん状態になる。そんな中で見る夢が不思議でね、なんつーか、臨場感がすごいというか、リアリティーがあるというかそんな感じ。彩度も高いし質感もあるの。夢の内容までは面倒なので書かないけど、感受性が高まってるのか何なのか、夢の内容が心にダイレクトにぐわっと来るの。中でも一番凄かったのが妻の感情でさ、表面的には「大丈夫」を装ってるんだけど、本当は寂しいし辛いみたいな妻の感情がさ、入ってくるのよ、僕の中に。でもそれが夢なんだか夢じゃ無いんだかがよく分からなくて、結局は夢だったんだけどさ、起きた後にしばらく涙が止まらなかった。そんな想いをしてるんだなと思えて。ホントかどうかは知らんけども。で、睡眠薬の影響だと思うんだけど、起きてから数十秒くらいかな、自分が今何をしていてこれからどうするべきなのかが分からなくなる。具体的にいうと、目が覚めて、喉に痰が溜まってますと。苦しいですと。ではその痰をどうすべきかと考えてもそれが分からない。首を動かしてはならないし、このまままた寝ればいいのかもしれないし、でも呼吸は苦しいしと。しばらくして何となく意識がマトモになりだして、ようやくベッドのリクライニングのボタンを押して身体を起こし、ナースコールを押す、みたいな。痛風も悪化したような気がするし、腰の痛みも増したような気がするし、それからは睡眠薬は使わないようにした。なんかおかしくなるんだもん。

他にも色々なことが起きたし、感じたことも色々なんだけど、長くなったからこのへんにしておこうかと。ただひとつ言いたいのは、今回また癌が再発と転移をして、舌の半分以上を切除&太腿から皮弁を持ってきて移植ということになったけれど、なんつーか、そこまで悲観的なこととも捉えていないというか、ある意味人生の再出発だなと思えるところもあり、その意味では楽しみだなとも思っている。日記には「大変だった」とか「腹が立った」みたいなことばかり書いているけれど、それらも全ていい経験であってさ、苦しみとか憎しみとかそんな感情では無いんだよね。もちろん家族や仕事仲間たちには多大なる迷惑をかけているからそこは反省すべきなんだけど、僕個人としては、今回の手術&入院は、いい経験だと思っている。乗り越えて行く楽しさとかね。人間の身体ってすげぇなぁとか、医療ってすげぇなぁとか、看護師さんにはもっと給料を支払うべきだと思うぞとか、そんなものを感じながら日々を過ごしている。