Posts By yusuke

知らなかった

今日は書こうと思ってたことがあるんだけど、時間が無くなったので簡単に書ける話に切り替える。

専門的な話になっちゃうけど、ちょっとね、フォントについて調べる機会があったのよ。使われているフォントが何なのかを調べる機会。パッと見だとGaramondだよなぁと思えたのでIllustratorを開いてGaramondで文字を打って見比べてみたらちょっと違う。もうちょい長体になってるみたいだった。もしかしたらGaramondを長体にして使ってるのかなと思ってIllustratorで105%くらいの長体をかけてみたんだけどやっぱり違う。こりゃGaramondじゃ無いのかなと思って「フォント セリフ」で検索をかけて似たフォントを探してみたんだけど、似てるものはあるものの同じものは見つからなかった。「えー、もしかしたらフォント化されてない書体なのかぁ。でもそんなに手の込んだもの作るかなぁ…?」と思いつつもそのまま調べを進めていたら分かったのよ。これさ、やっぱり僕の思うとおりにGaramondが使われてたんだけど、僕が持ってるGaramondじゃなくて違うGaramondが使われてたみたい。Garamondってのはなんつーかな、とても美しくてベーシックなオールドフェイスのセリフ体で、言ってみればその代表格みたいな書体なんだけど、そのフォントはどうやらいろいろ種類があるみたいでさ、僕がそれを知らなかったの。趣味とはいえフォントを作ってた人間なのにそんなことも知らなかった。時代に合わせたり用途に合わせたりしてGaramondっていくつも販売されてるんだね。ってことで、AdobeのCreative Cloudで検索かけたらいくつか出てきたので、そのなかで使えそうなGaramondを無事にゲットしましたよ、という話。

っつーかみんな知ってたの?Garamondは種類がたくさんあるって。デザイン業務から離れて15年くらい経ってるから仕方無いってことにしといてちょうだい。

自転車を買う

自転車を注文した。まだどうなるかは分からないけれど、いま申し込んでいる保育園に受かるとなると、来年の春からは我が子を保育園まで送り届けるミッションが発生する。帰りは妻が迎えに行ってくれることになる。その送り迎えのために自転車が必要になるの。そのまま職場へも行けたら最高だなと。もう歳だから電動アシスト付の自転車を買うことは決めていて、問題はそれを夫婦兼用で使うのか否かということ。いろいろと考えたので結論に至るまでのもろもろは割愛するけれど、別々に買うことにした。高くつくけど仕方が無い。
で、これまたずいぶん時間をかけて考えていたんだけど、ひとつひとつ問題をクリアにしていくとだな、僕の自転車は電動アシスト付のビーチクルーザーが最も適していると結論付けられたの。1台だけ見つけたの、電動アシスト付のビーチクルーザーを。1歳そこそこの子供を乗せるには自転車の後ろでは無く常に視界に入る前に乗せた方が安全だし、となると自転車をこぐ際にチャイルドシートと僕の脚との干渉が心配になるわけで、それを考慮するとビーチクルーザーのようにハンドルと身体との間にスペースが空いているものがよかろうもんと思うわけ。ビーチクルーザーは重心も低いしタイヤも太いので安定感もある。それに電動アシストが付いているとなれば、適しているとしか言いようが無いでしょ。ってことですぐにでも見にいきたいところだったけど、その電動アシスト付のビーチクルーザーはまだまだ玉数が少なくて、しかも特殊な自転車なのでどこにでも置いてあるわけでは無くて。置いてあってもウチから遠いとかさ。そこまで見に行ってもいいんだけど、そうなるとそこで買わないとならなくなっちゃいそうだから、購入後のメンテなんかを考えるとちょっとなぁと思えてな。
ってことで、まずはそもそもビーチクルーザーのフロント部分にチャイルドシートを取りつけることができるのかを調べてみた。そしたら海外ではけっこうあるのよね、そういう事例が。日本だとどうかというと、まぁあるにはあるんだけどまだ数は少ない。そしてどの自転車屋さんでもやってくれるわけでは無さそう。そもそも日本には子供を乗せるための自転車には何らかの基準っつーか規格があるんじゃなかったっけと思って調べたら、子供を2人乗せる際の規格はあるみたいなんだけど、1人乗せる際のものは見つからなかった。チャイルドシートそのものの規格はあるんだけどね。このあたりのことは子供の安全に関わることなのでおそろかにしちゃイカンぞってことで、自宅からさほど遠くないところにあるいくつかの自転車屋さんに問い合わせてみた。ネットを経由して問い合わせたところはどこも「子供乗せ専用の自転車を買ってください」的な返事をしてきたけれど、実際に店舗を訪れて聞いてみた自転車屋さんでは、「すごくお勧めということでは無いけれど、できなくは無い。」みたいな感じだった。っつーか、なんかこうどこの自転車屋さんもうわの空というか他人事みたいな受け答えなんだよね。買うか買わないかわからんような客にはそんな感じなのかな。買うのに。で、その後も自力でいろいろと調べていたところ、自宅からさほど遠くないところにある自転車屋さんで僕が欲しい自転車の試乗会が開催されるという情報をキャッチして、雨が降って寒いなか行ってきた。
店舗の入口にその自転車は鎮座していて、スタッフと思わしき男性2名が寒そうに立っていた。「これに試乗したいんですけど…雨ですけどできますかね?」と聞くと、「もちろんできますけど雨ですからね…」と言われた。そりゃそうだ。なので屋根のあるところを延々と往復する形で試乗をさせていただいた。そしたらさ、すごいのよ、乗りやすいったらありゃしない。すごいね、電動アシストって。姿勢も楽。ビーチクルーザーって前傾姿勢にならないからさ、腰にも来ないし楽でなー。思った通りに身体の前に広いスペースがあるからここにチャイルドシート付けられそうだなと。もうね、自転車としては最高。あとは肝心の、これに子供を乗せられるのかということと、その作業をやってくれるのかということ。ドキドキしながら用途を伝えてみたところ、そうやって使っている事例はあるから大丈夫ですとのこと。他にも買い物の際にはカゴが必要になるからカゴを付けたいとか、チャイルドシートはフロントがいいんだけど子供が大きくなってきたら後ろに付けかえたいだとか、チャイルドシートをつけるとなると2本脚のセンタースタンドがいいと思うんだけど付けられるのかとか、そもそも安全面はどうなのかとか法的に問題は無いのかとか気になることを全部聞いた。2名の男性が僕の相手をしてくれたんだけど、ひとりはご自身も2人のお子さんを持つ男性で、この人はお店の方。もうおひとりはこの自転車の販売元の方だっつーんで、自転車のことは販売元の方、その他取り付けやらもろもろのことはお店の方にお伺いできて有難かった。寒くて雨降ってるから僕しか客がいなくてね、ラッキーだった。お店の方はマウンテンバイクだか何だかにチャイルドシートを付けているようで、なので自転車こそ違えど僕がやりたいことと同じことをしている方なので、お話がとても参考になった。「前に乗せると会話もできるし触れられるし楽しいです。お勧めです。」だって。法的な部分とか安全面なんかを心配してたんだけど、その言葉でその不安も無くなった。なのでその勢いで注文したよ、電動アシスト付のビーチクルーザーを。子供を乗せるのはまだ半年も先なので、チャイルドシートはまたその頃に子供の成長の様子を見てから取り付けていただくことにして、買い物用のデカいカゴと、それをつけるためのキャリアと、センタースタンドのみを取りつけていただくことにした。鍵はサービスでくれるってことだったけど、なんかちょっとヤワそうな鍵だったから、もっときちんとしたものを別途購入するつもり。防犯大事。あとは盗難保険にも入りたいから、引き取りに行った際に色々と聞いてみようと思う。

っつーことで、早ければ今週末くらいなのかな、まぁ遅くとも来週末あたりには取りに行けそうかな。冬で寒くてやってられんと思うかもしれないけれど、楽しみではある。子供と一緒に乗れたらもっと楽しいだろうな。

餅は餅屋

先日、家族でお世話になっているトレーナーの先生のところへ行ってきた。僕は腰に痛みがあり、妻は育児で身体が疲れているだか何だかで。妻が先生に連絡を取ったらちょうどキャンセルが出たとのことで、先週末に家族でお世話になってきた。既に来年の3月まで予約が埋まっているとのことだったので、タイミング的にラッキーだったのかな。
腰に痛みが出てからというか、本当はその数日前からだけどストレッチを再開させていたので、先生のところへ伺った際には腰の痛みはいくぶん和らいでいた。なので「来なくてもよかったんだけど予約したから来ましたよ」くらいの気持ちで施術を受けたんだけど、やっぱりプロってのは凄いね。手術した首とその影響で動きづらくなった左肩を中心にして全身を施術していただいた結果、術後から曲がっていた首を正常な位置に戻していただけた。いや、実は首が曲がっていたことは知らなかったというか、正確に言うと、術後に喉仏の位置がズレてしまっていたのは気づいていた。首の左側を大きく切ったんだけど、その影響なのか何なのか、喉仏は右にズレたんだよね。だからずっと喉仏が曲がっていて、食べたり飲んだりがしづらかったの。手術をしたんだからもうどうしようも無いものだと思ってたんだけど、施術してもらったらその位置が真ん中になったのよ。つまりはそれまでずっと首が曲がってたってことだよね。知ってたようで知らなかったというか、なんつーか、戻るということを知らなかった。もしかすると舌の左側に粘液嚢胞ができるのもこのせいだったのかな?と疑い始めている。で、手術では首の左側のリンパを全部取っちゃったんだけど、腰の痛みはその影響もあったみたいで。「え、そんなこと(病院の)先生は何も言ってくれませんでしたよ。」と言うと「医師はそういうことは知らないから。」みたいなことを言われた。僕だけなのか日本人全般がそうなのかは知らないけれど、基本的にはお医者さんの言うことが絶対というか正しいというかそんな考えがあって、そのなかから「これはさすがにおかしいだろう」とか「僕には合わないかな」と思えるものを排除して残ったものを今後の指針として生きてきているんだけど、確かに整体やら何やらはお医者さんの範疇では無いのだから、癌になりました、大学病院で手術してもらいました、経過を診てもらっています、だから大丈夫、ってのもちょっとアレなのかもしれないなとは思える。癌と整体なんて関係無いように思えるけれど、繋がってるんだね。ってそれも既に知っていたような知らなかったような気がするけれど、今回の経験によって僕の頭のなかにきちんと植え付けられた次第。
ちなみに今回の施術のおかげで、硬くなっていた首の左側(つまりは手術跡)がとても柔らかくなった。気持ちが悪いくらいに。病院で教えていただいたストレッチをしていたのに硬さが取れなかったから時間がかかるものなんだろうなと思ってたんだけど、トレーナーの先生の手にかかると一発だった。「方向がある」だって。筋膜の方向だろうね。やっぱり餅は餅屋なんだな、と。

親バカとは

週休3日になればいい。もしくは明日から年末年始休暇に入って、それが明けたら立て続けにゴールデンウィークになればいい。

ところで先日、家で我が子を抱っこしながら「かわいいでちゅね~」と言っていたら、妻から「親バカだ」と言われた。なんだ、かわいいものにかわいいと言って何が親バカか。と言うか、そもそも親バカとは何なのかと思って検索してみたら、平たく言えば「うちの子はかわいい」ということを周りの面々に対して過剰に言いまわることのようだな。その様子を見た周りの面々が「親バカか否か」を第三者の視点から判断することだと。であればオッケー。僕は家のなかでしか「かわいいでちゅね~」と言っていないから。他人に向かって「うちの子はかわいいでちょ~」とは言っていない。なので僕を形容するならば親バカでは無く親だ。単なる親に他ならない。子供を愛する普通の親だろう。

それで思い出したんだけど、過去にお付き合いをさせていただいていた女性から「あなたはマザコンだ」と言われたことがある。特に過剰に母親に対して愛を注いでいたとか、何をするにも「ねぇ、お母さん、これどうすればいい?」やら「ちょっとお母さんに聞いてみる」なんてことも言った覚えは無い。むしろ家では無口だし、もっと言えば冷たく接しているように見えるくらいだと思う。他人からどう見られるのかは他人次第だから知らんけど、自分としてはマザコンだとは思わない。逆にうちの母親からすれば、その女性とお付き合いしていた頃の僕は「アッシーくん(母親談)」として映っていたらしい。それも単に車で迎えに行ってただけなんだけど。

っつーかまぁどうでもいいんだけど、とにかくは、我が子は僕にとってはかわいいし、もっといっぱい休みたいぞということだ。いろいろ思い出作るんだから。

僕は大丈夫

さて、今日は午後から日帰り手術。舌の粘液嚢胞を切ってくる。粘液嚢胞を切るのは今日で3回目で、今日の手術で予定していたものは全て終了となる。ただ粘液嚢胞ってのは再発…というと大げさに聞こえるかもしれないから言い変えると、また膨らんじゃうこともあるものなので、これでまた膨らむことがあればそれはまたその時に対応を考えることになる。切るのか放置なのか。まぁ何はともあれ、今日の手術と抜糸までの1週間痛みに耐えればもうおしまい。いいこと。進んでる。

まだ12月も頭だけど意識が今年の振り返りを始めているのでいま頭の中にあることをそのまま書くとだな、僕は恵まれてるなぁと思える。いろんなことに感謝だなと。人間にも事象にも、いろんなことに感謝だよ。確かに今年は舌癌が首のリンパに転移をしてステージが3になり手術もしたけれど、なんか、いい1年だったと思える。粘液嚢胞の手術も重ねているけれど、なんつーか、そんなの些細なことなのよ。大きいのは子供が生まれたこと。男でも女でもどちらでもよくて、とにかく母子ともに元気に生まれてくれればそれで恩の字だと思っていたけれど、現状、母子ともに毎日元気に過ごしてくれている。それだけで感謝だよ。妻と子供と毎日一緒に過ごしているけれど、いまだ僕に子供ができたことが信じられない。それくらい、なんか凄いことなんだろうね、僕のなかでは。2人が3人になるんだからすげぇよな、人間って。分裂だよ分裂。増えたよ。
なんて言うのかな、今年だけではなくてさ、これまでの47年間を振り返ってみても僕はとても恵まれているなと思える。ってこんなこと書くともう死ぬみたいだけど、そういうことじゃ無いから。元気だから。前にも何度か書いてるけど、20代の後半くらいから「僕は大丈夫」と思えるようになったんだよね。いわれの無い自信みたいなものなんだけど、厳密に言えば自信では無くて、なんかこう、自分のなかで言うところの感覚的なものに従ってというか、それを見落とさないように生きていれば大丈夫だと思えるようになったの。で、実際に大丈夫だから。こんなに物事を考えずに生きていて大丈夫なのか?とも思えるんだけど、大丈夫なのよこれがまた。だからどちらかといえば自分では無くて自分のなかにその感覚を降ろしてくれているものがすごいんだなというか、その存在への感謝の念というか、そんなものを常に心の中に置いたまま生活しているから大丈夫なんだと心の底から思っている。僕という人間はひとりだけど、たぶん僕ひとりで生きてるんじゃ無いんだと思うんだよね。僕という存在は何人かのチームなんだと思える。主役は僕で、それ以外の「僕」が他にも何人かいるの。それがひとくくりになって僕を形成していると。具体的な提示はできないけど、なんかこう、そんな感覚なのよ。「安西祐輔、オールキャストでお送りします。」みたいな。僕はひとりなんだけどひとりじゃ無いんだなと。だからその全てに感謝しないとなと。

なんか最後に頭のおかしなことを書いたけど、こうやって心の声に従ってこれからも生きていくんだと思う。それでもう20年以上うまく行ってるからさ。そんな心の声は「もう今日の日記はこれでおしまいでいいぞ」と言っているのでこれでおしまいにするね。アディオス、みなさまよい週末を。皆さまに幸ありますことを。