Posts By yusuke

スマホとスマフォ

車にビルトインされているカーナビの使い勝手がよろしくない。よろしくないのでスマホにカーナビのアプリを入れて使ったるかと目論んでるんだけど、一般的なスマホホルダーだとダッシュボードに吸盤で取り付けることになるじゃない。でも吸盤だけだとスマホの自重でグラグラしたり倒れたりしちゃうから、ダッシュボードに透明な何らかを貼りつけてその上に吸盤を付けたり、もしくは吸盤にゲルが使用されていることが多い。たしかにそれだとダッシュボードにぴったり張り付きやすくなるから倒れる可能性は低くなるんだけど、ぼく、ダッシュボードに跡を付けたくなくてね。となると、あとはフロントガラスに吸盤を付けるタイプか、エアコンの吹き出し口に挟むタイプになる。他にもCDを入れるところに差し込むように取りつけるものやらドリンクホルダーに差し込むタイプもあるんだけど、それだと僕の用途と合わないので却下。で、フロントガラスに付けるタイプだと、ガラスのかなり上の方につけないと道交法違反だったと思うのと、あとはやっぱり吸盤の跡が付きそうなのでイマイチ積極的になれず。エアコン吹き出し口に挟むものは、おそらくは僕の車の吹き出し口とは形状が合わないと思うのでダメだと思う。ってことでどうすんべーと悩んでいる。たぶんこれ結論出ない。

というか、スマホはスマートフォンの略だから、正しくは「スマフォ」だと思う。でも巷では「スマフォ」よりも「スマホ」の方が多く使われているようなので、平均的日本人である僕も「スマホ」を使っている。とは言え「おこなう」の漢字表記は「行なう」を使っている。「行う」を使う人の方が多いよね。どうでもいいね。すみません。

ピント


撮った写真を見るたびに、ピントなんて合ってなくてよかったのにと思う。僕は露出もピントもマニュアルで撮ってるんだけど、それでもピントを合わせてしまうところがアレだよね、僕のなかにある何らかが作用してるんだろうね。真面目な部分なのか、何なのかが。

最近のカメラは凄いよね。数秒程度のシャッタースピードであれば、手ぶれ補正機能でぶれを抑えちゃうんだって。ピントだって1秒かからずに合わせちゃう。以前、ポートフォリオレビューに参加させていただいた際に偉い先生が「こういうの、見たことあるんだよなー。僕が見すぎちゃってるのかなぁ。」と仰っていたけれど、その考え方を正とするのであれば、これからの写真家はピントが合っていなくて手ぶれした写真を撮るといいのかもしれないよね。カメラの進化とともに、そんな写真、なかなか見かけなくなるんだろうから。

占い師

昨日書いた話つながりで思いだしたことがある。
僕が離婚をしてからさほど時間が経っていない頃だったと思うけど、友人から「当たる占い師がいるから!」とゴリ押しをされて、興味はほぼゼロだったにも関わらず、 その熱意を反故にするのもアレかなと思え、予約をし、占っていただいた。「易」って言うのかな?細長い竹みたいなやつを両手に挟んでズリズリするやつ。あれをやっていただいた。
仕事のことと恋愛のことを占っていただいたんだけど、僕が次に女性とお付き合いができるのはいつかと問うと、4年後だと言われた。質問から回答までの間にサイコロ振ったり竹の棒をズリズリするから何分も待たされる。待たされたあげくに4年後かい!ってことでふざけんなよーと思ったんだけど、結果としてはそれが当たってたの。4年経ったらホントに彼女ができた。コロコロズリズリの時間って大事なんだなーと。

易ってのはそのときが最初で最後だったけど、占いにおいて大切なのはそのジャンルでは無く、占い師当人だってことが再認識できた。易だろうがタロットだろうが骨を焼こうが何でもいいの。大事なのは誰にみてもらうのかだなと。

理想の再婚相手

今朝気づいたんだけど、離婚をしてからそろそろ10年が経つみたい。相手もあることなのでその頃のことは意識して書かないようにしてたんだけど、10年経つのならもういいのかもしれないなと思えてきた。なので今日は少しだけそれにかすることを書いてみようかと。

離婚の原因はいくつかあるんだけど、そのうちのひとつが理想の夫像を追い求めすぎてしまったこと。誰に頼まれたわけでも無いんだけど、当時の僕は「夫とは一家の大黒柱であるべき」と思っており、結果としてそれに疲れてしまった。大黒柱になれるのであればそれがベストかなとは今でも思うけど、人にはそれぞれ特性というものがあってだな、僕にはそれが難しかった。ストレスへの耐性が低いからな。
それもあって、次に結婚することがあればどんな人と結婚したいだろうかってことを真剣に考えた。「無理をしないこと」「キャパを超えないこと」が 次の結婚生活では お互いにとって最重要だと考えたから、離婚を糧として、自分の改善点だけでは無く、こんな相手を求めて行きたいぞってことを頭に入れておく必要があると思った。2度の離婚は歓迎できないので、となると、誰が相手でもいいわけじゃ無いからね。で、導き出されたのは、優しいとかかわいいとか背がどれくらいとかそういう誰でも思いつくようなことは置いておいて、理想とするのはバレーボール経験者であること、ある程度歳が離れていてほしいが離れすぎていない (30代前半) こと、沖縄出身者であること、バツイチであること、子供が欲しいと思っていることだった。二重よりは一重の方がいいだとか、肩ががっちりしてるといいななんてこともあるけれど、そのあたりは優先度はそこまで高く無いからね。で、その4年後あたりに今の妻と出会った。どこからどこまでが僕の理想通りだったのかまでは書かないけども。

でね、妻と出会えたのは僕が理想の再婚相手を明確に思い描いていたことも一因だろうなーと思ってたんだけど、昨晩唐突に「もしかすると…」ってことが頭をよぎった。何かっつーと、あのとき僕は「こんな人と再婚したい」と思ったのでは無く、「こんな人と再婚するんだな」ってことを予知をしたのかもしれないぞってこと。あらかじめ再婚相手の素性が見えていただけなのかもしれない。知らん知らん、ホントかどうかは知らんし勘違いでもいいんだけど、妻と出会ってから6~7年ほど経つと思うけど、その期間を共に過ごしてきて、あれが予知だったとしても不思議じゃ無いよなーとは思えるのよね。だからどうしたと言われても困るけども、言うなれば、昨日の夜頭に浮かんじゃったんだからしゃーねーべよってことだ。

未完の大器

今日はどの写真をアップしようかなーってことでいろいろと眺めてみて、これにすっかってことでこの写真を選んで、右下に署名を入れた。この写真は某ディーラー所有の建物の建て替えのために一時的に空き地になっている広大なスペースを撮ったものなんだけど、どちらかといえばこの写真の主役とは考えていなかった空き地の向こう側に建つ家々に目をやると、なんとなく、そこに住む方々の生活が目に浮かび、人っていろいろなんだろうなーと思えてくる。一軒家を建てる人もいれば、賃貸で暮らす人もいて、子育てをしている人もいれば、介護をしながら生活している人もいるんだろうなと。弊社の仕事をお手伝いしていただいているフリーランスの面々もそれぞれで、常に努力を怠らずに研鑽をつんでいる人もいれば、弊社からの仕事以外には手を広げないがために「3か月ひと昔」と言われるこの世界において時が止まっているように見える人もいる。

生活…というか、生き方かな。生き方ってそれぞれで、それについて良いも悪いも無い。皆それぞれに、数秒おきにやってくる選択の連続を経て今を生きている。思うのは、人ってのはそれぞれに資質があるわけで、その資質を存命中に開花できる人ってどのくらいいるんだろうなってこと。簡単に言えば自分の長所ってことになるけれど、その長所に気付き、それを大きく活用できている人ってどの程度存在するんだろうか。右に倣えが尊重されているかのようなこの国の教育を経たうえで、そのなかでも自分の資質に気付き、それを長所として磨きをかけたうえで開放できている人がたくさんいればいいなと思う。他人との比較なんてどうでもよくて、それよりも重きをおきたいのは、自分の可能性を埋没させたまま終わらないこと。未完の大器で終わっていては勿体ない。ひとりの例外も無く、誰しもが大器としてこの世に生まれてきているんだと思うもの。可能性のかたまりとして生まれてきていると思う。