都知事選に思う

今日の日記は「特に」真剣に読まないでね。怒られても困るので。空想か何かだと思って読んでいただきたい。

今週末は都知事選なので候補者を眺めてるんだけど、なんだかなぁとしか思えない。なんだかなぁと思えてしまっている原因はどこにあるのかなと2秒くらい考えたら分かったんだけど、その理由をストレートに書いてしまうのは大人としてイカンと思えるので控えつつ、結局のところは「なんだかなぁ」との表現が無難だと思えた。だから「なんだかなぁ」と書いておく。
でね、僕、思うのよ。都知事選の候補者って毎回毎回アレなことになるから、もういっそのこと立候補を禁止にすればいいと思うの。推薦だけにすればいいと思うの。だって立候補にしとくとアレな人しか出てこないんだもの。推薦をするのは都民なのか都の職員なのかは知らんけど、とにかくは「この人に知事になってもらいたい」って人をまずは推薦して数名選出するの。で、出そろった何名かの候補のなかから選挙で選ぶの。これならさ、今みたいに「面白人間大集合」みたいなことにはならないんじゃなかろうかと。面白人間大集合ってのは本意では無く控えめに書いた結果だけどな。で、もっと言うと、所謂「政治家」も無くした方がいいと思う。政治の専門家という職業はもう国の方で禁止してもらってだな、フツーに働いている人の中から政治に携わる人間を選出するようにしてもらいたい。じゃないといつまで経っても一般市民の気持ちを汲んだ政治なんてできないと思うもの。そうなるとさ、トヨタの社長なんかが推薦されんのかな?それならいい方だと思うんだけど、けっこう芸能人なんか挙げられちゃいそうだね。芸能人が悪いということでは無く、知名度だけで選ばれそうだよねってこと。それこそ民度が図られる推薦制度になりそうで怖くもあるけども、「こんなに素晴らしい人がいたのか!」って発見もありそうなのが推薦制度のいいところだと思っている。

そもそもさ、今回の都知事選の投票率ってどれくらいになるんだろうね。投票会場でのソーシャルディスタンスも気にならないくらいのものになるんじゃなかろうかと思ってるんだけど、どうなんだろ。

日本と韓国

真偽のほどは知らんけど、昨日たまたま目にしたネット上の書き込みには関心させられた。何年か前に国会において特定秘密保護法に関するもろもろがあったけど、あれが通ったおかげで韓国には気を使わなくても良くなったという内容。どういうことかというと、その書き込みによると、数年前までは特定の機密事項の保護に対する法律が無かったため、日本に対してはアメリカ側から軍に関する機密は入って来なかったと。ただ同様の法律がある韓国には入っていたと。なので日本は友好国である韓国からその情報をいただいていたらしい。その「上下関係」があったので、韓国は日本に対して様々な分野で無理難題を突き付けてくることもあったし、それに対して日本側はやんわりとした態度を取ることが多かったと。しかし数年前に特定秘密保護法が可決、施行されたことにより、アメリカ側の機密情報も日本に入ってくるようになり、韓国側には遠慮せずに済むようになったとのことだった。確かにそのあたり、最近の日本政府の韓国に対する対応を見る限り納得ができる部分がある。あのとき特定秘密保護法に反対していた面々を思いだしてみても頷ける。なるほどなーと。

最近の日韓関係は冷え込んでいて、なかには「国交断絶 !」なんてことを言う人もいる。気持ちは分からなくは無いけれど、なんつーか、そこは難しいんじゃないかなと思っている。そのあたりのことは国対国の話であって、たとえ本当に国交がうんたらかんたらだったり、友好国がうんたらかんたらな状態になったとしても、人対人の部分においては友好的でありたいと思う。確かに「靖国神社に放火」なんてニュースを目にすれば「縛り首じゃ!」とは思うけど、極端に右と左に寄った人たちを除いた大多数の人たちとは仲良くなれる。それはどこの国においても同じだと思う。国と国との関係が微妙になればなるほど、国民同士はその逆のベクトルを持っていられればいいなと思う。

日の丸

年末年始休暇中、ヤボ用があって数時間だけ弊社事務所に立ち寄った。駅を降り、事務所へと向かう坂道を歩いていると、道の両側にいくつもの日の丸がたなびいていることに気が付いた。普段は人も車も多い道だけど、さすがは年始だけあって、そこには僕しかいなかった。だれもいない道にたなびく無数の紅白を見て美しいと思った。元日に訪れた妻の実家付近の家々の玄関にも日の丸がたなびいていた。
かつては我が家(実家)も祝祭日には玄関に日の丸を掲揚していた。祖父母が他界してからなのかその前からなのかは知らないけれど、ここのところ我が家で日の丸を見かけることは無い。なぜ掲揚しなくなったのか、その理由を聞いたことは無いけれど、おそらくは「面倒だから」とかその程度の理由だと思う。そこに深い意味は無いのだろうと。僕も僕で、日の丸を美しいとは思うものの、自宅に掲揚しているかというとそんなことは無く、そもそも日の丸すら持っていないという体たらく。心のなかを覗くと、そこには「面倒なことに巻きこまれたく無い」という思いが見え隠れしている。
この国では、政治の話をしたり、それに近いことをすると煙たがれる風潮にあると思う。日の丸の掲揚もそのひとつで、単に国民の祝日を祝うための国旗の掲揚にも関わらず、右翼だとか軍国主義なんていうキーワードを持ちだされることがある。突き詰めて考えると、それはこの国が戦争に負けたからなんだろうなと思えるけれど、それを言うとまた面倒なことに巻きこまれがちなので言わないようにしている(書いてるけど)。ほんとは大手を振って日の丸を掲揚したいところなんだけどね。