太一くん

先日、ある外国人バレーボール選手のプレーが見たくなってYouTubeで検索をしてみた。もう30年近く前に活躍していた選手なので映像なんて残って無いかなと思ってたんだけど、辛うじて2つだけ検索に引っかかった。本当は代表でのプレーが見たかったんだけど、検索に引っかかったのはどちらもVリーグでプレーしていた頃ものだった。そうか、そういやVリーグに来てたんだったわ。で、その動画を見ていたら、彼と同じチームで活躍する太一くんの姿を発見した。太一くんってのは僕と同い年で同じ学区内の高校に通っていた佐々木太一くん。後に全日本でも活躍をしていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれないね。その動画のなかでも声を出して頑張っていたよ、太一くんは。

僕らの世代は凄くてさ、中学の全国大会の優勝と準優勝と4位は神奈川県勢が占めたの。そのときに僕の中学は県でベスト16だった。太一くんがいた中学は強かったんだけどいつもくじ運が悪かった印象があるからさ、最終的にはどこまで行けたんだろうか。ちょっとよく分からんな。で、その世代がそのまま高校生になるわけでさ、みんなどこの高校に行ったのかというと、有名人たちの多くは藤沢市にある高校と川崎市にある高校に行ってしまったので、僕ら横浜市の高校のバレーボールのレベルはそれほどでも無かったと思う。そんな横浜市のなかで目立っていたのが太一くんだった。
高校卒業後に太一くんは大学の2部リーグに所属する大学に進んだ。太一くんなら1部リーグの大学から声もかかるだろうと思っていたから意外だった。
高校3年生の10月とか11月頃だったかなぁ、横浜駅を出たところで「安西くん!」と声をかけられたから誰かと思って振り向いたら太一くんでさ、何してんのかと聞いたらこれから自動車学校に行って卒検を受けるところだと。で、その時になぜその大学を選んだのかと聞いてみたら、顧問の先生(元全日本)が言うには強豪校に行って潰されるよりはレベルは落ちても活躍できるところに行った方がいいとのことでその大学にお世話になることにしたと言っていた。で、実際に大学在学時に全日本ジュニアに選ばれて数年後には全日本だからさ、凄いよね。
当時の僕は何をして何を考えていたかというと、大学進学にはほとんど興味が無かったの。ビジョンが無かったからね。そんななか、バレー部のチームメイトが顧問経由で強豪校(体育大学)を推薦枠で受験すると言い出してさ、それを聞いてじゃあ僕もそうさせてもらおうかなとのことでお願いをした。そしたらそのチームメイトが直前になってやっぱりやめたと言い出したもんだから、結局は僕ひとりで受験することになっちゃったのよ。試験は実技(1000m走、懸垂、シャトルラン、垂直飛び)と国語と英語と面接だった。顧問が過去問を持ってきてくれたのでやってみたらどちらも100点を取ってしまったので、勉強はせずに実技の対策ばかりして試験に臨んだら、英語の問題が全く分からなくて英語で落ちた。推薦枠で落ちたわけだから一般枠での試験には十分に間に合うんだけど、そもそもバレーボールで進学をしたら大学卒業後には実業団に入るくらいしか道は無さそうで、実業団に入ったら全日本に入るくらいしか道は無さそうだなと思え、なんかこう人間としてバレーボールしか知らないのもどうなのかなと思えてきたし、そもそもビジョンが無いもんだから一般受験でどこかに引っかかったらいいかなと思って親に言ったら「お前は全部落ちるに決まってるから今年は受験させない。」と言われたの。受験せずに一浪確定。担任は推薦枠の受験前には「大学合格第一号になるかもしれないな!」なんてことを笑顔で話しかけてきていたのに、落ちたことが分かったら「お前はダメだ!」なんてことを言いだして冷たくなるし。そんな時期に横浜で太一くんとバッタリ会って声をかけられてさ、いろいろと話をして別れたんだけど、その会話を横で聞いていた友達がさ、「お前は全ての面で太一に負けてんな。」と言ったのよ。何を競ってるわけでも何でも無かったんだけど、なんかこう、忘れられないよね、その言葉は。

太一くんはバレーボールを引退してからもウイスキーに関する資格を取得して頑張っているらしい。太一くん、サントリーだからね。バレーボールで進学をして、実業団に入って、全日本に選ばれてバレーボールを引退してからも、輝ける人は輝けるんだね。太一くん、尊敬しているよ。

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