Posts in Category: 仕事

時間の使い方

手術の影響から、毎朝続けていたストレッチはお休みしていて、代わりに病院で教えていただいた患部を伸ばすためのストレッチをおこなっている。患部っつーのは、縫合した首と、手術の後遺症で上げづらくなっている左肩のことね。でもね、その影響なのか何なのか、おそらくは10日以上もベッドの上で生活してたからだと思うんだけど、そろそろ腰から下半身にかけて硬くなってきているように思えるの。このままだとある日突然腰がぎっくりする可能性があるわけよ。平たく言うとぎっくり腰な。なのでいつものストレッチも早いとこ再開させたいと思っている。ストレッチと同じく毎朝の日課だった瞑想は、かける時間を短くしてなるべく継続させるようにしている。なるべくってことはやらない日もあるってことで、それはなぜかと言うとね、誰も興味無いだろうけど言うとね、身体に痛みがあるもんだから、瞑想中にそっちに気が行っちゃって、なかなか集中できないのよ。深い瞑想にならない。単におじさんが朝から目を瞑ってるだけになっちゃうの。個人的には瞑想ってのは主に肉体側にある意識を霊体側に持って行く行為だと思ってるんだけど、現状だとそこまで至らないんだよね。なのであまりいい瞑想ができてないの。はい、瞑想の話は終わり。でね、今日の日記のタイトルにある「時間の使い方」の話をしたいんだけど、僕ね、思うのよ。今の僕にとって大切であろうものをピックアップしていくと、ストレッチ、瞑想、ウォーキングじゃーなかろうかと。つまりは心身の健康維持を目的とした作業をすることが大切だと思うの。でもさ、今でさえ朝の5時台に起きてそれらの作業(瞑想とストレッチ)をやってるわけでさ、それにウォーキングを加えるとなると果たして何時に起きりゃいいんだよっつーことでね、じゃあ夜にやるのかとか妻と我が子が家に戻ってきたらどうなるんだとかもろもろ含めて考えるとだな、一番無駄なのは仕事の時間だというところに考えが至る。分かる。仕事しないと生活できないのは分かる。でも僕の心身の健康を第一に考えると、無駄なのは仕事の時間だっつーことになる。だから今は変化の時なのかも。なんつーか、粘土をこねくり回すみたいにさ、自分にとって、家族にとって必要な要素をもろもろ集めてこねくり回してさ、うまい形に成型できればいいなと思ってる。そしてそれができると思ってる。

バタバタしてる

おそらくは来週の火曜日から入院なので、それまでの間にやらねばならぬことを光の速さで進めている。大半は会社の用事でね、昨日の日記にも書いたけど、仕事関連のことについては完璧主義なので、微塵の見落としも許さぬ勢いで準備を進めてたの。そしたら昨日の夕方に「10日までに支払ってください」っつー税金の振込用紙が届いてだな、10日までってことは、入院が2日から12日やら13日あたりまでを予定してるから、実質明日中(つまり今日)に銀行に行って手続きしないとならんっつーことじゃねーかよと。明日って月末だよね。銀行混むよね。しかも明日は病院でPETの予約を入れてあるからその時間帯を避けて銀行に行かねばならんってことで、もうね、こういうの嫌いなのよ。こういうのが嫌だから事前に計画を練ってことを進めているのよ。もうこれはね、性格なの。突発的な出来事にめっぽう弱いというね。でもそんなこと言ってられんので、早起きして病院の近くの銀行に行って振り込んだわ。んでそのまま病院に行って病院内の郵便局で封書投函して、PET受けてきた。意外にも銀行はそこまで混んでいなかったのが幸いだった。アレがうちの近所の銀行だったらどうなってたことか。電車のなかでの思いつきで行き先変更(近所の銀行から病院近くの銀行に変更)して正解だったわ。あとは月曜日になったら1件別の振込をして作業は完了かな。お中元の手配も済ませたし、入院前にできることはこれで全て完了のはず。

で、PET。PETって過去にも何度かやったことがあるんだけど、あんなに静かだったっけか。先日はCTを撮った。その前はMRI。ガーガーうるさいのってMRIだけなんだね。なんつーか、全部うるさいイメージだったわ。

今日PETを終えたことで、手術前の検査も全て終了かな。週末は入院準備。エアコンのクリーニングの業者さんにも来てもらうし、自分でも掃除するし、これでいつでも妻と我が子を迎えられる。妻よ、おかえりなさい。我が子よ、これが我が家だ。どうかな~、7月の3週目かな~。それともその次あたりかな~。無理せず8月に入ってからでもいいけどな。

ストレスに向き合う

「ストレスは万病の元です」なんてことが書いてあってさ、それによると「几帳面な人や完璧主義な人はストレスを受けやすい」ってことなのよ。それについては僕も賛成でね、今回の転移はそのあたりにも原因があるんじゃなかろうかと勝手に思っている。それを言うと「いや、細胞のせいでしょ」なんていう至極真っ当なお返事をいただいたりもしたんだけども。
僕の全てが几帳面で完璧主義では無いけれど、ある部分においてはその通りで、気になることはとことん気になるし、完璧にやるべきものは完璧にやろうと思っている。まぁ、仕事だよね。仕事はきちんとやらないといけないと思う。だから弊社は完璧な仕事をしていてそこに自信を持っているんだけど、でも仕事ってさ、自分たちだけで完結することなんてほとんど無いからさ、弊社だけが気合い入れて仕事をしてても周りがあることだからダメなのよ。そんな周りの行動により、結局は弊社がダメージを受けることになるの。そのことにここ7~8年間ストレスを感じ続けててさ。なのでもう仕事変えた方がいいのかな?なんてことを考えていたこともあるし、今でも多少は頭に残ってるんだけど、でもね、思うのは、どんな仕事であっても対人関係であっても完璧に自分(自分たち)の思い通りにはならないものだよね。なので突き詰めて考えると、どんな仕事をしていようが、大切なのは自分の心の持ちようなんだろうなと。どんな場においても自分の心の状態が良いものであれば、それがストレスとして自分のなかに蓄積することも少なくなるんじゃないかなと思って。柔軟な心を持つこと。そしてそれに伴った行動を取ること。それが自然にできるようになれば、ストレスも少なくなると思うんだよね。きっと世間ではそれを「大人」と呼ぶんだろうけど。

ナメてんの?

仕事の話。
弊社が身を置くWeb関連の業界では、何か事が起きた際にクライアントさんが悪いと言い出す人が多くて辟易している。弊社はWebサイトの運用作業を生業としているので、商流としては末端に位置している。その場所から上を眺め続けること20年、何かが起きたとき、さすがにどの箇所がアレなのかはよく見える。弊社から見る限り、クライアントさんが悪いなんてことはほとんど無い。指示に誤りがあるとか、高圧的だとかそんなケースも散見されるけど、指示のミスなんてものは指示内容を見れば未然に防げるものが多いのに、それができないのは指示される側の経験と技量と当事者意識の不足から来るもので、それを「クライアントさんが悪い」なんて言ってしまうことが驚き。恥ずかしいわ。こっちはプロなんだからプロの仕事をすればいいだけなのに。自分たちがプロだって意識も無いのかな。なんか素人みたいなことを言う人が多くてね、本当に辟易している。クライアントさんは素人だからプロにお願いをしてきているわけで、クライアントさんに教えてあげることもしないくせに(できないの?)、クライアントさんがミスをすると自分たちのミスと同列に扱おうとする。で、自分たちがミスをするとクライアントさんが悪いと言い出す。これさ、本当にずーーーーっとこうなのよ。Webをはじめて20年。ずーーーーーーーーっとこう。どの現場を見ても似たり寄ったり。自分たちの能力が低いんだから、勉強して、経験積んで、依頼や制作のフローを変更して、クライアントさんの要求に応えることができる体制を作りゃいいのに。あ、自分たちの能力の低さに気づいていない人が多いのか。なるほど、今気が付いた。ってことは、末端にいる弊社から怒られて謝罪している上流に位置する方々は、怒られることで能力の低さに気づくことができたってことかな。こっちもいちいち怒るのも嫌でさ、心がすさみ続けてるんだけど、もしそれがきっかけで能力の低下に歯止めがかかるのならちょっと救われるかも。今はどこの会社も怒らない(叱らない)らしいからね。怒らないというか、怒れないのかな。なんか、あれだね、運動会で全員で手を繋いでゴールするのと似てる気がするよ。なんだろうね、こういうの。大丈夫なのかな?

社会貢献

今お手伝いをさせていただいている案件を受注してから7年が経過した。あの頃は毎日のように終電に乗って帰宅していたけれど、僕もバカじゃ無いので、クライアントさんや他の協力会社さんご協力のもと、整理できる部分は整理して、整頓できる部分は整頓した。平たく言えば、無駄を省いた。それにより時間を有効に使えるようになったし、何よりもある程度の人間らしさを取り戻すに至ったと思う。
この仕事をはじめるにあたり、それまでやっていたスピリチュアル関連の副業を全てストップさせた。この仕事をすることで自分の心がすさんでいくのが体感できていたので、並行させていくには難しいと思ったから。すさんだ心を持ったカウンセラーだなんて、クライアントさんにご迷惑をおかけするに決まってるから。
で、先に述べたように、ここのところはあの頃と比べると精妙な心を保てるようになりつつあるので、来たるべきその日に向けて、ホームページを作り始めている。ドメインはもう何か月も前に取得してあって、実際に手を動かし始めたのは先週のこと。特に締め切りがあるわけでは無いので、少しづつ、コツコツと進めている。

適職とか天職とか言うけれど、弊社が得意としている「Webサイトの運用作業」は僕らにとっての適職だと思う。その点において、弊社はありがたくも社会貢献ができていると思う。ではそのWebサイトの運用作業が僕個人にとってはどのようなものなのかと言えば、それは僕がプロフェッショナルとして社会に提供できる技術であり知識であると胸をはって言えるものの、一生をかけてやりたいことかと言えば、そこには疑問符がつく。もう何年も前から気づいていたけれど、僕が本当にやりたいのは、あの世とこの世とを繋ぐこと。繋ぐと言うと偉そうなので言いなおすと、そのための受信機であり発信機であり、要はパイプ役になれたらいいなと思っている。おそらくは、この世の中って分担制なんだと思うんだよね。みんながみんなプロ野球選手でも困るし、だからこそ、そのための資質を全員が持って生まれて来るわけでは無いわけで。
自分が持つ資質を最大限に生かすこと。これ以上の社会貢献は無いと思っている。ずいぶん遠回りしたけども。