これからの生き方について

先週の木曜日に受けたPETによる検査結果が出たので、あがってきた画像を先生と一緒に確認した。
PETってのは悪いところっつーか糖が集まってるところが赤く表示されるのよ。そこが将来的に癌になりやすいところなの。で、見た感じだと赤くなっているところはいくつかあるんだけど、先生が仰るには左右対称で赤くなっているところはあまり気にしないでいいと。身体の左側だけとか右側だけ赤くなっているところは注意が必要なんだって。その視点で見てみると、先生から「気になる」と言われていた首の左側にあるしこりや、新たに見つかってその大きさが一気に大きくなっていた首の右側のしこりは問題が無いらしい。先月に入ってすぐに突然血が出た舌の左側の縁にある膨らみも問題無いみたい。赤くないからね。でもこれまで全く気にしていなかった舌の付け根というか、喉のあたりというか、そこが画像では赤くなっていた。なぜそこが赤くなっているのかが先生も分からないらしく、「う~ん…」と言いながら口の中の目視と触診をして異常無しと。口と鼻の穴から内視鏡を入れての目視での確認でも異常無し。超音波で確認をしても異常は無かった。なのでそこが赤く映っていた理由は分からないものの、結果としては「癌は無し。手術の必要も無し。」ということだった。なのであらかじめ予約していた7/15(水)からの入院もキャンセルとなった。「ではこのしこりの原因は何ですか?」と伺ったら、リンパにしこりができる原因は複数あると。それらひとつひとつについて教えていただいたけれど、ここに書くのも面倒だからやめておく。で、現時点ではしこりの原因がどこにあるのかは断定はできないとのことだった。今言えるのは、これからまた癌が出てくる可能性は否定はできないけれど、今は癌は見当たらないし、手術の必要も無しということ。ふむ。癌が見つからないというのはそもそも最初から癌は無かったからかもしれないし、飲み続けているゴーヤのサプリのおかげかもしれないし、毎日3度のビワの葉温灸を続けたおかげかもしれないし、神様に「僕、まだ死ねないんです。」と話しかけていたからかもしれないし、ヒーリングのおかげかもしれないし、妻をはじめとする家族の愛情のおかげかもしれない。何かが作用したのかしてないのか知らんけど、とにかくは、左右の首のリンパに目に見える大きさのしこりはあるし、首を動かすと少し痛みも感じるけれど、それでも癌は無いですよ、ということ。こりゃとても素人では判断できないね。

「癌になるのは頑固な人」という言葉を聞いたことがある。それが迷信では無いのであれば、僕は頑固な人ということになる。3度も手術をしているのでその頑固さはなかなかなものだろう。頑固と聞いて思いつくのが自分の完璧主義な一面。AB型だということも関係しているのかしていないのか知らんけど、どうでもいいことについては本当にどうでもいいの。でも仕事に関しては完璧にやりたい人なのよ、僕。他人が関わることだからね、仕事って。皆で進めるものだから。でもその一面をさ、もうちょっとなんとかした方がいいんだろうなとは思っている。緩くした方がいいんだろうなと。具体的に言うとアレだから言わないけど、ざっくり言えば、僕の心が喜ぶことを生きがいとして生きて行ければいいんだろうなと思っている。

人間ってさ、いくつまで生きるかは人それぞれだけど、産まれてから死ぬまでの間ずっと同じ目標に向かって同じペースで進んでいるわけでは無くて、いくつかのステージに分かれてるものだと思うの。何歳から何歳まではこのために生きていて、何歳から何歳までの目標はこれですよ、みたいな。根拠は無いんだけどそう思うの。僕の場合はさ、僕の周期って9年なんだなってことを27歳のときに気が付いて、それからはなんとなく9年周期ってことを頭の片隅に置いたまま生きてるんだけど、最近忘れてたのさ、そのことを。今年に入ってから身体のこともそうだし、仕事のこともそうだし、ちょっとづつ動きが出てきていてさ、そこで気づいたの。「あ、今年は9年目だ。」って。
今回の癌って(癌じゃ無いんだけど)、それに気づいてるくせに真剣に考えようとしない僕を後押しするためのものだろうと思ってるの。言い換えると「救いの癌」なんだろうなと。生き方を見直すためのものなのかなと。「このまま進むと人生勿体ないよ。」みたいな。だからこれまでの生き方はもう終わりにしてさ、次のステージに進みたいなと思っている。そのために必要なのは「思い切り」だな。どこかに売ってないかな、思い切り。

初めての高熱

昨日は朝イチでPETを受けに行った。PETを受けている最中に気づいたんだけど、僕がPETだと思っていたのはPETじゃなくてMRIだった。MRIだと首を完全固定されたうえで闇の中だからそのまま寝れるんだよね。寝たまま気づくと終わってる、みたいな。でも昨日はロクに固定をしないしあの独特の音も聞こえないからおかしいなと思ってさ、やってる最中に「あ、あれはMRIか。」と気づいた次第。PET、もう3回も受けてるのに覚えてなかった。

約2時間半を病院で過ごしたあと、久しぶりに事務所へ行き仕事をしはじめたところで妻からメッセージが入った。我が子が38度以上の熱を出していると。昨日はたまたまお義母さんも遊びに来ていたのでふたりで面倒をみているから大丈夫とのことだったけど、かかりつけの病院は休みだし、2番手として利用させていただいている病院は夕方からだし、そもそも最近妻は腰を痛めているのでもろもろ大丈夫だろうかと心配になったので家に帰ることに。家で仕事すりゃいいかなと。

玄関のドアを開けると号泣する我が子を寝かせたまま妻がどこかに電話をしていた。その会話の内容から、これからすぐに家を出てどこかの病院に向かうであろうことは伝わった。なので僕も荷物を置いて、手を洗って、財布等の必要最低限のものだけを入れた小さいかばんを持って外に出た。熱が39度以上になったので、2番手の病院が開くまで待ってられんと。なので今すぐに診ていただける病院に行くとのこと。初めてお世話になる病院。お義母さんとはそこで別れ、僕らは坂道を登って6~7分くらい歩くのかな?下校中の小学生たちの波に紛れながら病院にたどり着いた。
コロナ対策として保護者は1名しか入ることができないと言われたので、暑いなか、近所をウロウロしながら待つことに。徘徊を始めてすぐに妻から携帯にメッセージが入る。「いょうしょとか全部忘れた。」と。何を言ってんのか全然分からなかったけど、何らかを家に忘れたからこれからお前が取りに行けということかなとは思えたので、家へ向かいながら「何を取ってくればいいのか正確に教えてくれ。」とメッセージを送ると、医療証、保険証、母子手帳のすべてを忘れたと。さすがだ。家を出る前に「荷物大丈夫?」って聞いたのに。焦ってたんだな。ってことで暑いなか坂道を往復して取ってきた。
病院に着くと既に診察が終わっていた。診察の結果は「熱」とのこと。いや、そりゃ知ってるよと思ったけど、子供の場合はこういう単なる熱ってのはあるんだってね。知らなかったわ。風邪とか何とかそれらしい病名が付くものだと思ってた。熱かよ。知ってるわ。お父さん勉強になったわ。熱ね。そういうのがあるんだね。で、4日くらい様子を見ておかしければまた来てねと。ご飯は食べなくても水分を摂っていれば大丈夫だと言われた。

今朝になったら熱は36度台まで下がってた。でも元気は無くてずっと寝てる。水分不足になっちゃマズかろうと思えたので身体を起こして麦茶を与えたりはしたんだけど、それでも元気は無さそう。「う~む」と思いつつも妻がご飯をあげたら徐々に食べ始め、最終的には全部食べやがった。で、食べ終わったころには笑顔も出るようになったしハイハイもしはじめたので、とりあえずはよかったなと思っている。いまここ。

検査待ちと代替医療

先々週の週末に見つけた首の右側のしこりが硬く大きくなっている。先週の診察の際には「癌では無いと思う」と言われたしこりだけど、ほんの少しの間にその姿を変えている。「気になる」と言われている左側のしこりほどの硬さには至って無いものの、大きさは同等か、もしくはそれよりも大きくなっている。首の右側を指先で丁寧に丹念に触れていったら「これもか?」と思えるものも見つかった。顎のすぐ下あたりに微妙ながらも薄いふくらみが確認できる。すぐに病院に行って確認をしていただきたいところだけど、確実な診断を仰ぐには、今週を予定しているPETを受け、その結果が出る来週の頭にならなければ分からないわけで、平たく言えば現状では何もできない。ただ待つしか無い。この待ち時間が苦痛でならない。
右側のしこりが硬くなり始めてからだったかな、死ぬことばかりを考えている自分に気が付いた。勝手に頭に浮かんでるのよ、自分が死ぬのかもしれないということと、死んだら家族がどうなるのかななんてことが。それに気づくたびにハッとして「そんなこと考えてちゃダメだ」と気を取り直した。これって取り越し苦労だよね。取り越し苦労ってのは生きていくうえでマイナスしか生み出さないよね。すべてのものごとはそれが起きてから考えればいい。まだ起きてもいないことを心配してもどうにもならない。それは頭では分かってるんだけど、自分ではどうにもできない状況だからかな、そんなこと考えているつもりは無いんだけど、気が付くと頭のなかはそんなことでいっぱいだった。「妻と子供に苦労かけちゃうな」「まだ元気なうちに会社を閉めた方がいいのかな」「子供は僕についての記憶なんか無いまま育つんだろうな」「ひとり親ってことでいじめられないかな」「両親より先に死ぬのは申し訳ないな」「妻の実家の近くに引っ越した方がいいのかな」「いつまで生きていられるのかな」みたいな。
で、金曜日だったかな。目を覚ますと同時に「そういえば…」ってことが頭に浮かんだ。前回頸部リンパ節郭清術の手術を受けたあとだったかな、機械式のお灸を買ったんだったってことを思い出した。なかなか高価なものだったけど、命には変えられないからなと思って買ったんだった。冷蔵庫にはビワの葉っぱが入ってるはず。そしたらそのお灸とビワの葉っぱでビワ温灸ができるじゃん!と思って飛び起きた。いや、飛び起きたは嘘で、横で寝ている妻と子供を起こさないようにそっと起きて、お灸の機械とビワの葉っぱを確認した。お灸はすぐに見つかったけど、ビワの葉っぱは冷蔵庫のなかでしんなりしていた。つまりはもう使えないってこと。でもそこは世の中うまくできているもので、僕が癌になる前から妻がつけていた「ビワの葉エキス」があるのよね。だからそれをビワの葉っぱの代わりに使えるんだよね。子供のガーゼをひとつ拝借して、それに軽くビワの葉エキスを染み込ませて、それを患部に当ててお灸をした。しこりとリンパを中心にね。それが効果があるのかどうかなんて知らないの。たださ、癌細胞ってのは40度だか45度以上になると死滅するって話があんの。そういう話をさ、半信半疑ながらもさ、信じたいんだよね。
朝昼晩、一日三回のお灸をしはじめて今日で4日目かな。顎の下の微妙なふくらみはどこにあるのか分からなくなった。左右のしこりはいまでも十分に確認できるけど、少し小さくなったような気もするし、柔らかくもなったような気もする。なによりも「待つだけ」では無くなったことが嬉しくてな。他人任せでは無く、自分で何かを施せるということがさ、なんかこう、わずかながらも快方に向けて進めていると思えて安心できるの。不安が軽くなるんだよね。だから今は「死ぬのかな」ってことはあまり頭には浮かばなくなった。それって大きいんだよね、自分にとって。

今朝も食器を洗いながら妻が我が子にご飯を食べさせている様子を見ていたけれど、なんかこう、幸せだった。ずっと続けばいいな。