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餅は餅屋

先日、家族でお世話になっているトレーナーの先生のところへ行ってきた。僕は腰に痛みがあり、妻は育児で身体が疲れているだか何だかで。妻が先生に連絡を取ったらちょうどキャンセルが出たとのことで、先週末に家族でお世話になってきた。既に来年の3月まで予約が埋まっているとのことだったので、タイミング的にラッキーだったのかな。
腰に痛みが出てからというか、本当はその数日前からだけどストレッチを再開させていたので、先生のところへ伺った際には腰の痛みはいくぶん和らいでいた。なので「来なくてもよかったんだけど予約したから来ましたよ」くらいの気持ちで施術を受けたんだけど、やっぱりプロってのは凄いね。手術した首とその影響で動きづらくなった左肩を中心にして全身を施術していただいた結果、術後から曲がっていた首を正常な位置に戻していただけた。いや、実は首が曲がっていたことは知らなかったというか、正確に言うと、術後に喉仏の位置がズレてしまっていたのは気づいていた。首の左側を大きく切ったんだけど、その影響なのか何なのか、喉仏は右にズレたんだよね。だからずっと喉仏が曲がっていて、食べたり飲んだりがしづらかったの。手術をしたんだからもうどうしようも無いものだと思ってたんだけど、施術してもらったらその位置が真ん中になったのよ。つまりはそれまでずっと首が曲がってたってことだよね。知ってたようで知らなかったというか、なんつーか、戻るということを知らなかった。もしかすると舌の左側に粘液嚢胞ができるのもこのせいだったのかな?と疑い始めている。で、手術では首の左側のリンパを全部取っちゃったんだけど、腰の痛みはその影響もあったみたいで。「え、そんなこと(病院の)先生は何も言ってくれませんでしたよ。」と言うと「医師はそういうことは知らないから。」みたいなことを言われた。僕だけなのか日本人全般がそうなのかは知らないけれど、基本的にはお医者さんの言うことが絶対というか正しいというかそんな考えがあって、そのなかから「これはさすがにおかしいだろう」とか「僕には合わないかな」と思えるものを排除して残ったものを今後の指針として生きてきているんだけど、確かに整体やら何やらはお医者さんの範疇では無いのだから、癌になりました、大学病院で手術してもらいました、経過を診てもらっています、だから大丈夫、ってのもちょっとアレなのかもしれないなとは思える。癌と整体なんて関係無いように思えるけれど、繋がってるんだね。ってそれも既に知っていたような知らなかったような気がするけれど、今回の経験によって僕の頭のなかにきちんと植え付けられた次第。
ちなみに今回の施術のおかげで、硬くなっていた首の左側(つまりは手術跡)がとても柔らかくなった。気持ちが悪いくらいに。病院で教えていただいたストレッチをしていたのに硬さが取れなかったから時間がかかるものなんだろうなと思ってたんだけど、トレーナーの先生の手にかかると一発だった。「方向がある」だって。筋膜の方向だろうね。やっぱり餅は餅屋なんだな、と。

僕は大丈夫

さて、今日は午後から日帰り手術。舌の粘液嚢胞を切ってくる。粘液嚢胞を切るのは今日で3回目で、今日の手術で予定していたものは全て終了となる。ただ粘液嚢胞ってのは再発…というと大げさに聞こえるかもしれないから言い変えると、また膨らんじゃうこともあるものなので、これでまた膨らむことがあればそれはまたその時に対応を考えることになる。切るのか放置なのか。まぁ何はともあれ、今日の手術と抜糸までの1週間痛みに耐えればもうおしまい。いいこと。進んでる。

まだ12月も頭だけど意識が今年の振り返りを始めているのでいま頭の中にあることをそのまま書くとだな、僕は恵まれてるなぁと思える。いろんなことに感謝だなと。人間にも事象にも、いろんなことに感謝だよ。確かに今年は舌癌が首のリンパに転移をしてステージが3になり手術もしたけれど、なんか、いい1年だったと思える。粘液嚢胞の手術も重ねているけれど、なんつーか、そんなの些細なことなのよ。大きいのは子供が生まれたこと。男でも女でもどちらでもよくて、とにかく母子ともに元気に生まれてくれればそれで恩の字だと思っていたけれど、現状、母子ともに毎日元気に過ごしてくれている。それだけで感謝だよ。妻と子供と毎日一緒に過ごしているけれど、いまだ僕に子供ができたことが信じられない。それくらい、なんか凄いことなんだろうね、僕のなかでは。2人が3人になるんだからすげぇよな、人間って。分裂だよ分裂。増えたよ。
なんて言うのかな、今年だけではなくてさ、これまでの47年間を振り返ってみても僕はとても恵まれているなと思える。ってこんなこと書くともう死ぬみたいだけど、そういうことじゃ無いから。元気だから。前にも何度か書いてるけど、20代の後半くらいから「僕は大丈夫」と思えるようになったんだよね。いわれの無い自信みたいなものなんだけど、厳密に言えば自信では無くて、なんかこう、自分のなかで言うところの感覚的なものに従ってというか、それを見落とさないように生きていれば大丈夫だと思えるようになったの。で、実際に大丈夫だから。こんなに物事を考えずに生きていて大丈夫なのか?とも思えるんだけど、大丈夫なのよこれがまた。だからどちらかといえば自分では無くて自分のなかにその感覚を降ろしてくれているものがすごいんだなというか、その存在への感謝の念というか、そんなものを常に心の中に置いたまま生活しているから大丈夫なんだと心の底から思っている。僕という人間はひとりだけど、たぶん僕ひとりで生きてるんじゃ無いんだと思うんだよね。僕という存在は何人かのチームなんだと思える。主役は僕で、それ以外の「僕」が他にも何人かいるの。それがひとくくりになって僕を形成していると。具体的な提示はできないけど、なんかこう、そんな感覚なのよ。「安西祐輔、オールキャストでお送りします。」みたいな。僕はひとりなんだけどひとりじゃ無いんだなと。だからその全てに感謝しないとなと。

なんか最後に頭のおかしなことを書いたけど、こうやって心の声に従ってこれからも生きていくんだと思う。それでもう20年以上うまく行ってるからさ。そんな心の声は「もう今日の日記はこれでおしまいでいいぞ」と言っているのでこれでおしまいにするね。アディオス、みなさまよい週末を。皆さまに幸ありますことを。

痛い

ここ数日舌が痛い。食べると痛い。舌癌の再発とかそういうことでは無く、粘液嚢胞が大きくなっていて痛いの。次の日帰り手術が12/6(金)の予定だからそれまではこんな感じなのかな。と言うか、手術したら違う痛みが出るんだから、どちらにしてもしばらくは痛いってことだな。
2016年の最初の舌癌の手術から数えて計4回舌を切ってるのよ。だから次で5回目。5回舌を切ってるって、はたして全国規模で考えると第何位なんだろうか。けっこう切ってる方なのか、それともたいしたこと無いのか。たぶんたいしたこと無いんだろうな。どんな世界にでも上には上がいるからな。
で、僕が舌癌の手術を繰り返していることを知っている人のなかで、たまに「大変だったでしょう。」と言ってくる人がいる。そこまではとくに問題無いんだけど、それに対して「いや、たいしたこと無いですよ。みんなが思っているほど舌って切ってもそこまで痛くは無いし。」と言っても「いや、大変だったと思う。」と言って引かない人がいるんだよね。まぁ心配してくれての発言だと思うから有難くはあるんだけど、めんどくさくもある。大丈夫だって言ってんのに。元気なのに元気じゃない方向に引き戻されそうな気分になる。
あのね、強いて言えば舌は大丈夫だけど首は痛い。リンパと脂肪と神経少しを切り取った首は痛いよ。たぶん寒くなってきたからだと思うんだけど、たまにズキッと来る。傷口もつっぱって痛い。だから首はぜひ心配してちょうだい。痛いから。でも舌はホントに大丈夫だから。舌も痛いけど規模が違うから。なのでご心配いただける方はぜひ僕の首の心配をしてください。あとあれだ、腰痛の心配もしてください。布団から起きあがるときが特に痛くてね。腰>首>舌だわ。

愛し愛され

隣の机で働いている人と斜め前の机で働いている人が、自分がまだスクールに通っている頃の話をしていた。そのスクールには映像のコースと3DのコースとDTPのコースとWebのコースがあって、そのうち3Dのコースに通っていたひとたちのなかで多かったのが「映画やテレビ番組のエンドロールに自分の名前を載せたくて学び始めた」だったとのこと。その話を聞いて「僕はそういうのはいいかな~」と思えた。どこかに自分の名前が載るということには興味は無いなと。でもいや待てよと。昔からそうだったっけ?と。もうあまり覚えてはいないけれど、若い頃は自分にもそういう欲はあったかもしれないなとも思えてきた。なんつーか、承認欲求的なものなのかな。そういうものはあったんじゃなかろうかと。でもホント、覚えてない。
で、若かりし頃はそういうものを持ち合わせていたと仮定して、ではいつからそれが無くなったのかなと2秒くらい考えてみたんだけど、歳を重ねることによって徐々に減っていったんだろうなとは思うものの、それがパキッと明確になったのはおそらくは癌になってからだなと。癌になって、優先順位っつーのかな?なんかそれがはっきりしたように思える。もちろん生身の人間だから生きてるうちはそれを最大限に生かすっつーか使いまくりたいと思っているので今から達観したような考え方を持つのもちょっと違うかなと思っていて、身体があるからこそできることをこれからもどんどんやっていきたいと思ってるんだけど、それでもやはり最優先はさ、家族のことなんだよな。家族に対する愛っつーかなんつーか、家族に関わることの全て。それをさ、悔いの無いように与え続けて受け続けて経験として蓄積していければなと思っている。それをとても簡単に言い変えると「愛して愛されて楽しく過ごすこと」かなと。

まーいずれにしても、何かに向かって邁進するって大事よね。ワクワクは成功への近道なんだと思う。成功って言い方がなんか嫌だけど。

癒しと左肩

この週末は自分としてはなかなかヘビーな部類に入る体験をしてきた。なんかこうもうヤバい感じがしてたんだけど、家に帰って我が子を抱っこして癒された。家族は癒しだわ。ラヴ注入だな。癌もそうなんだけど、癌もさ、家族がいなかったらどうなってたかなと思う。なんかこう、未来に目が向くのよ、家族がいると。自分だけだったら「もういいかな」なんてことも頭をよぎるかもしれんのだけど、家族がいると「僕が」と思えるからいま僕に家族がいてくれて有難いと思えた。弱いのかもしれないけど、一人じゃ生きていけんのだなー。支えになるだけじゃ無く癒しにもなるんだから家族最高だわ。今日も家に帰ってから抱っこして癒されよう。

で、左肩。7月の手術で左首のリンパと脂肪と神経少々をごっそり切り取ったんだけど、その影響なのかね、昨日ね、あまりの疲れに両肩に低周波治療器を使ってみたんだけど、右肩はズンズン来るのよ。でも左肩は無反応なの。機械がおかしいのかと思って使ってるパットを交換してみたんだけど同じなの。無反応なの。なのでパットの位置を左肩から背中のあたりに張り替えたらズンズンくるわけよ。マジかよと。これって手術した箇所っつーか、手術の影響で動かしづらくなってる左肩近辺は何も感じてないってことだよね。妻に見てもらったら、低周波治療器の電源を入れると右肩はビクビク動くんだけど左肩は動かないんだって。なにこれ、低周波治療器って何に反応してんの?っつーかそれはいいんだけど、大丈夫なの?僕の左肩は。と思えた。これも家族に癒してもらうしか無いな。おわり。