未完の大器

今日はどの写真をアップしようかなーってことでいろいろと眺めてみて、これにすっかってことでこの写真を選んで、右下に署名を入れた。この写真は某ディーラー所有の建物の建て替えのために一時的に空き地になっている広大なスペースを撮ったものなんだけど、どちらかといえばこの写真の主役とは考えていなかった空き地の向こう側に建つ家々に目をやると、なんとなく、そこに住む方々の生活が目に浮かび、人っていろいろなんだろうなーと思えてくる。一軒家を建てる人もいれば、賃貸で暮らす人もいて、子育てをしている人もいれば、介護をしながら生活している人もいるんだろうなと。弊社の仕事をお手伝いしていただいているフリーランスの面々もそれぞれで、常に努力を怠らずに研鑽をつんでいる人もいれば、弊社からの仕事以外には手を広げないがために「3か月ひと昔」と言われるこの世界において時が止まっているように見える人もいる。

生活…というか、生き方かな。生き方ってそれぞれで、それについて良いも悪いも無い。皆それぞれに、数秒おきにやってくる選択の連続を経て今を生きている。思うのは、人ってのはそれぞれに資質があるわけで、その資質を存命中に開花できる人ってどのくらいいるんだろうなってこと。簡単に言えば自分の長所ってことになるけれど、その長所に気付き、それを大きく活用できている人ってどの程度存在するんだろうか。右に倣えが尊重されているかのようなこの国の教育を経たうえで、そのなかでも自分の資質に気付き、それを長所として磨きをかけたうえで開放できている人がたくさんいればいいなと思う。他人との比較なんてどうでもよくて、それよりも重きをおきたいのは、自分の可能性を埋没させたまま終わらないこと。未完の大器で終わっていては勿体ない。ひとりの例外も無く、誰しもが大器としてこの世に生まれてきているんだと思うもの。可能性のかたまりとして生まれてきていると思う。

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