熊とおやじ

数週間前、NHKスペシャルで『ヒグマと老漁師』という番組をやっていた。知床のルシャという地域には野生のヒグマがわんさかいるけれど、そこではそのヒグマに襲われることなく、毎年のように漁がおこなわれていると。武装も何もしていないのになぜ襲われないのかいうと、「おやじ」と呼ばれているリーダー格の漁師さんがとてもしっかりしてるから。うん、ざっくり言い過ぎたけど、そのおやじはね、若かりし頃に熊を殺すことに違和感を覚えてね、それからというもの、その熊たちと共存する道を選んだの。具体的にはどうしてるのかというと、まず、熊に餌は与えない。そして熊が近づいてきたら目をそらすことなく「コラッ!」と声をあげる。確かこれだけだった。んで映像で見る限り、おやじに「コラッ!」って言われるとホントに熊たちは逃げてくのよ。
その番組を見てからというもの、それが気に入ったんだろうね、妻は我が子に向かってことあるごとに「コラッ!」と言うようになった。もちろん冗談で。僕が我が子を前向きに抱っこして妻の背後に立つと、妻は突然振り向いて「コラッ!」と言う。我が子はビクッとしてから笑う。ドアの隙間から妻を覗くと「コラッ!」と言う。壁際から死角にいる妻を覗き込むと「コラッ!」と言う。そのたびに我が子は大笑い。妻はこれを「知床の熊とおやじごっこ」と名付けた。
なお、我が子を熊に見立ててからというもの、それまでは食事中に我が子がダイニングテーブルの天板をバンバンと叩くと、それに合わせて「酒持ってこい!酒持ってこい!」とアテレコ(アフレコ?)をしていた妻が、天板を叩くと「鮭持ってこい!」と言うようになった。熊だけに。いつまでもこんな平和な一家でいられればいいなと思う。