警察を呼ぶ

いつもより仕事が早く終わったので、少しだけ早めに事務所を出て、いつもより早い時間の電車に乗って、早めに家事に着手しようと思ってた。「今日は妻が我が子をお風呂に入れるだろうから僕は(お風呂から出た我が子の身体に)オイルを塗る係かな。」とか「スーパーで買って帰るものあったかな。」なんてことを考えながら駅へと続く細い道をそそくさと歩いている途中、右前方に違和感を覚えた。暗闇の中に何かいる。駐車してあるミニバンの前輪あたりに誰か座ってる。婆さんだ。婆さんが地べたに座ってるというか、へたり込んでいるというか、どうにも表現できないような姿勢で座りながらこっちを見つめている。怖い。超怖い。「幽霊よりも生きている人間の方が怖い」とは前々から思っていたけど、まさにそれだから。それが目の前で起きてるから。冷静に考えると「どうされたんですか?」くらいのことは話しかけた方がいいってことは分かるんだけど、暗闇の奥から婆さんに見つめられると怖さの方が勝ってな。ってことで通過した。通過したんだけど、それでもやっぱり考え続けるんだよね。あの婆さんは何をしてるんだろうかとか、徘徊なのかなとかいろいろと。で、やっぱり戻るのよ。妻と我が子のことは頭をよぎったけれど、それでもやはり今しかできないことはやるべきでな、なのでUターンして婆さんのもとに向かった。
婆さんは四つん這いになって道を這っていた。よく見ると靴を履いていない。靴下は破けてる。なんかもうこれ僕の手には負えない事案な気がすると思え、再度Uターンをして一旦婆さんから離れ、iPhoneを取り出して警察に電話した。いつものことなんだけど警察は「事件ですか?事故ですか?」と言う。どちらかと言えば事件の方が近いので「事件と言えば事件だけど…。ここ、ほにゃららほにゃらら(電柱に書いてあった住所を言う)だけど、お婆さんが道を這って歩いてるので連絡しました。」と言うと「声をかけて引き留めてください!」と言う。いやいや、それが憚れるから電話したんだけどなと思いながらも、こりゃもうしゃーないなってことで婆さんの元に向かい、声をかけた。「どうされたんですか?何かお手伝いしましょうか?」みたいなことを言ったと思う。そしたら「大丈夫です。家、すぐそこなんで。」と言う。口調もしっかりしてたもんで、警察には「大丈夫みたいです。家の近くみたいで。」と伝えると、「名前を聞いてください!」と言うので「それ、個人情報じゃんかよ、聞きたくねぇよ。」と思いながらも仕方がないので「お名前を教えていただけますか?」と聞いたら「●●」と答えた。すぐ近くにある家の表札にも同じ名前が書いてあったので「●●さんだそうです。」と警察に伝えると「フルネームを確認してください!」と言いやがる。なので「すみません、下のお名前も教えていただけますか?」と聞くと「●●」と即答する。うん、この人大丈夫そうだよ。大丈夫そうだからその旨を警察に伝えると「年齢を聞いてください!」とぬかしやがる。知らねぇよ。そんなことまで聞くのかよ。道を四つん這いで這ってる人にそんなこと聞きたくなかったしなんか失礼だよなと思えたので、婆さんから少し離れたところまで行ってから「90くらいです」と伝えた。その間も婆さんは少しづつ家へ向かってザラザラと道を這って行く。ようやく警察が電話を切ってくれたので、僕も婆さんの様子を見つつ警察の到着を待った。2~3分くらいかかったのかな。チャリに乗った警官が猛ダッシュで向かってきたので手を挙げて止めて、事情を説明した。20歳そこそこかと思われる容姿の警官は、無線で先輩(と思われる)警官の指示を仰ぎながら婆さんに話しかける。家はここなのか、家には誰かいるのか、などなど。で、僕のところにやってきて、今度は僕の個人情報を聞きまくる。免許証を出して身元を確認してもらい、連絡先の電話番号も教えた。あとは警察に任せろというのでお任せして駅に向かった。できれば最初から警察に任せたかったけどな。

歩きながら「僕は余計なことをしたのかな?」なんてことを思った。靴を履いていないということは徘徊の疑いもあるけれど、話しかけてみた限りはきちんと会話はできる。そうなると徘徊の疑いもちょっと薄れるのかもしれないなと。ってことは家を飛び出したの?家族と何かあって家を追い出されたのか?とか。なんかこう、家族のことに首を突っ込んでしまったのかもしれないよな、なんてことを思ったら、余計なことをしたのかもしれないと思えてな。ホントのことは分からんけど、なんかこう、モヤっとしたまま今に至る。