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「日本が好き・嫌い」について

日本が好きとか嫌いとか、愛国心があるとかそんなものは右翼の思想だとか巷にはいろいろな意見があるけれど、ふと思ったのは、日本が好きとか嫌いとか言う際の「日本」って、一体何のことを指してるんだろうかということ。政府のことを指している人もいるだろうし、政治全般のことを指している人もいるだろうし、漠然と日本人全般のことを言っている人もいるだろうし、もしかすると柔道だとかアニメだとかの「日本の得意分野」のことを指している人もいるかもしれないし。今で言えばサッカー日本代表ってこともありえるかな。
「あなたは日本が好きなの?」と問われれば好きだと答える。僕は日本が好き。では僕の言う「日本」とは何を指すのかと言うと、その大半は子供の頃の思い出なんだよね。生活を送るなかで体験してきたもろもろのこと、僕を形作ってきたもろもろのことが、僕のなかの「日本」なの。祖父母との思い出やらご近所の方々との心のキャッチボールやら、運動会の思い出やら少年野球を通じての学びやら、「みんなのうた」で聴いた曲やらのど自慢やら、あの頃見聞きしたことと経験してきたもろもろが僕にとっての「日本」なんだよな。

近所を歩いていると「アベ政治を許さない!」と書かれた紙が目につく。許すとか許さないとかそのあたりのことは人それぞれだし、そこで言う「アベ政治」が現在の政府の方針のことを指しているのであればそれに賛同できる部分も僕にはあるけれど、だからと言って「日本が嫌い」とは思わない。恥ずべき部分があるとは思っても、それと「嫌い」とは結び付かない。
思うのは、僕の心のなかにある「日本」を守っていきたいなということ。それ以上でも以下でも無いんだよな。

野党が

国会での審議を拒否していた野党が審議に復帰するらしいけど、野党がいなくてもこの国はまわっていくことが分かったので、もう復帰しなくていいと思う。

未知のこと

部下たちが「友達に会うと病気の話で盛り上がるような年齢になった」と話していた。それは「私はこんな経験をした。だから気を付けた方がいい。」というような、言うなれば未知の経験をしたことを共有する行為であって、なんつーか、普遍的なものなのだと思う。若い頃であれば異性の話や勉強の話をするのだろうし、僕らの年代であれば親の面倒の話や相続の話をするようになる。どの年代においても未知のことはあるわけで、そう考えると僕らの人生は常に未知との出会いであり、勉強の連続ということになる。未知との遭遇、いいじゃない。一見して「よろしく無いこと」であっても、実際には自分のためになることもある。「糧となる」ってそういうことだと思う。ここで唐突に政治の話をぶっこむと、我々日本人は民主党政権というものを経験し、勉強をさせていただいたと思う。それを糧として、今後の国づくりに役立てるべき。今回の選挙結果を受けて「市民の声を反映していない」と宣うマスメディアがあるけれど、何を言っているのかと。選挙結果が市民の声なんだよ。「好き・嫌い」じゃ無いんだよ。認めるところは潔く認めないとおかしなことになるぞ。そこからがスタートなの。反省無き者に未来は無いんだよ。

人間味と領海侵犯

正しいことと正しく無いこととの間にあるものを吸い上げることが「人間味」だと思っていて、まさにそれが自分に欠けているものだと思っている。白と黒以外にも存在するんだぞと。とはいえ、たとえば尖閣近辺でたびたび領海侵犯されている問題については人間味を出している場合では無く、むしろ人間味を無くした存在、つまりはいま流行りの「AI」にそのあたりのことはお任せして日本の領海に侵入した物体に対して自動的に攻撃を加えるくらいの勢いが必要だと思う。機械に容赦は無いからな。なぜこんなことを書いているのかというと、単に頭に浮かんだからに他ならない。心霊現象で言うところの自動書記みたいなもんだと思っていただければ是幸い。
ちなみに言うと、航空自衛隊のスクランブルって沖縄よりも北海道の方が回数が多いって知ってたかしら?僕は自衛隊のモニターをさせていただいていたときに初めて知った。そういうの、報道した方がいいと思うんだけどな。「昨年と比較してこれだけ増えてます」とかさ、国民は知るべきだと思う。

自分の言葉で

あることについて自分がきちんと理解できているか否かを判断するためには、そのことを他人に説明してみるといいと思う。そこできちんと説明ができたのであれば理解できているということだろうし、できなかったのであれば理解が不十分だということだろう。
写真も政治もスピリチュアルも、自分の言葉で語れないうちはまだまだだと思う。特に政治とスピリチュアルはその理解不足が他者をよろしく無い方向に巻きこむことになりかねない。そのふたつに関しては「裏を取る」ことも大切だとは思うけどな。
いずれにせよ、新聞や雑誌やネットで見かけたようなことやテレビで聞いたような言葉では無く、自分の言葉で語れるようになることは大事だと思う。つまりは付け焼刃にならないこと。このことは自分の手のひらと寝室の天井に油性のマジックで書いておいてもいいくらいだ。ここ、重要なところだから。