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きれいな写真

昨日の日記に「SLで撮れる写真はきれい」という主旨のことを書いたけれど、あれは「だからSLは素晴らしい」という意味では無く、「自分としてはさほど好ましいとは思っていない」ということ。ライカの良さは写真の美しさと言うよりは奥深さだと思っていて、先日まで使っていたM9-Pにはそれがあった。それを捨ててまでSLに乗り換えるのかという部分で迷っていたのだけれど、その他もろもろのマイナス面やら自分の体調やら既存のレンズとのマッチングやらとを天秤にかけた結果、SLが勝ったということ。きれいな写真が撮れてしまうけれど、それでも今の自分にはSLがマッチしていると思えた。昨日の日記で言いたかったのはそんなこと。

それにしても最近のカメラは凄いなぁと思う。パソコンみたい。ライカのそれは他社のものと比べると控えめな方だと思うけれど、それでもパソコンみたいだなと思えるもの。機能が多い。なんか、他社のカメラだとカメラのなかで現像やら合成(多重露光?)できるものもあるらしいけれど、オッサンとしてはなんつーかもう想像もつかない。だからと言ってその機能を使用した作品を否定するつもりはサラサラ無く、既にある機能なのだからどんどん使えばいいと思う。むしろ使うべきでしょう。「邪道だ」みたいなことを言う人もいるけれど、僕はそうは思わない。それを見て「美しい」と思う方がたくさんいるのであれば、それっていいことだよね。その作品を見た方を幸せな気持ちにさせているってことだと思うもの。僕は花も夕日も猫もスイーツもさほど興味が無いから撮らない(作品には使わない)けれど、それらに興味がある方が撮ることでその素晴らしさを何倍にも引き出せるのだろうから、どんどん撮ってほしい。どんどん撮って、発表して、周りの方々を幸せな気持ちにさせてあげてほしいと思う。

って、何が言いたかったのか分からなくなったけれど、それはそれでよかろうもん。僕は僕の好きな機材で好きなように撮るから、みんなはみんなで楽しんでね、みたいなことだよ。せっかく生きてるんだから、自由にやればいいんだよ。

カメラを変えた

カメラをLeica M9-PからLeica SLに変えた。例のM9系のCCDセンサーの無償交換に伴うもので、追加でいくらかをお支払い(Canon 5Ds Rを売却することで捻出)することでSLへとアップグレードした。
この2日の間に室内で数枚、台風一過の青空のもと50枚ほど撮影をした。限られた条件下でのほんの少々の撮影だったけれど、印象としては「きれいな写真が撮れますね」ということ。当然のことだけれど、KodakのCCDセンサーとはまるで違う写真ができあがる。つまりはM9-Pとはまるで違うということ。その部分が今回のアップグレードを決断するうえでの最大にして唯一の懸念だったけれど、M9-Pに対するその他複数の「小さな不満」がそれを上回った結果がこれ。既に「きれいな写真」とともに生きて行く覚悟はできているからいいんだけど、目の当たりにするとやっぱり全然違うものだなと思えた。味のあるレンズが欲しくなっちゃうのかもしれないね。

オッサンの習性

週末は友人の結婚式というか結婚パーティーというかそんなものに参加をさせていただいたのだけれど、会場につくと、また別の友人である若き女性カメラマンが写真を撮りまくっていたので「おっ」と思った。
数年前から彼女がプロカメラマンとして活躍しはじめていたことは知っていたけれど、彼女のことをそこまで深く知っていたわけでも無く、なんとなく頭の隅の隅にあった程度だった。数か月前、彼女がハワイの砂浜で新郎新婦を撮影している様子を写した写真をたまたまネットで発見し、決して大きく無い身体に望遠レンズをつけたデカいカメラを2つぶら下げて笑顔で撮影をしている姿に感銘を受けた。そのとき初めて「あ、本気なんだな」と思えた。久しぶりに会えたので、そのことを伝えてみた。「感動したよ」と。「頑張ってるんだね」と。
式の最中、友人たちと歓談をしつつも、走り回って撮りまくっている彼女を目で追った。それを見ていたら、なんつーか、大切なのは「覚悟」だよなと思えた。初めから「できる」人なんていない。まっすぐに向き合う覚悟を持てるか否かだよなと。改めてそれを教えられた気がした。そして「うちに使って無いキャノンのカメラとレンズがあるから全部持ってっていいよ!」と、ここ(喉)まで出てきたのをなんとか理性でおさえこんだのだった。

あれから数日経つけれど、あのとき「持ってっていいよ!」と思えたのは、もしかすると僕がアイドル好きなことと関係があるのかもしれないなと思えた。応援したくなっちゃうんだよね。初めて好きになったアイドルはももクロだった。僕が持つ「アイドルとは何ぞや」というイメージから完全に逸脱するほどに身体をはっている彼女らを見て、応援したくなった。いや、これは応援しなければならないと思えた。で、オッサンになると応援の仕方というものも若かりし頃のそれとは異なるもので、平たく言えば、モノと金を渡したくなる。財力で解決しようとしてしまう。「カメラ持ってけ!」というのはモノを渡すことで応援の気持ちをあらわそうとしていることに他ならず、冷静に考えると非常になんというか、よろしく無い。というか恥ずかしい。裏を返せば財力以外に強みをもっていないということでもあるもんな。わー、こんな大人になりたくなかったわー。こんな大人に誰がした。オレがした。

ってことで、友人の今後のご活躍をお祈りしつつ、僕は僕で羽ばたこうと決意した次第。腹回りの肉を落とせばまだ羽ばたけると思う。どんどん飛んでっちゃうんだからな。アンジュルム風に言うならば「カクゴして!」と言ったところだ。

大切なのは

昨日の日記の続き。
シリアルナンバーが判明してからすぐにユピテルの専用窓口に電話。その頃にはYahoo!のトップページにもリコールの件が掲載されていたこともあり、オペレーターさんと会話ができるまでにかなりの時間を要した。途中で受話器を持ちながらトイレに行かざるを得なかったほど。
で、今度のオペレーターさんの対応は素晴らしかった。基本的には原稿を読み上げることに注力しているようだったけれど、こちらからの質問にも自己判断をせずにきちんと確認を取ったうえで丁寧にお答えいただけた。現時点では言えないけれど、こちらからのお願いについてもご検討を頂いているところ。そのお願いに対する回答をいただけた時点で本件は進行しはじめるものと思う。
ちなみにこの件をうけてドラレコ本体を確認したところ、電池と思われるものが膨張しており、それによりドラレコの筐体の底部がパックリと開いてしまっていた。本当に危なかったんだなと思えた。

今回のやり取りを通して「「人」ってやっぱり大事だな」と再確認。おそらくユピテル側は誠意を持ってユーザーへの対応を行っているものと思う。けれどもオペレーターの言動により印象が大きく捻じ曲げられた。「ユピテル、クソだな」との印象を受けた。そして二度目の電話でそれが改善された。単純だけどもそういうことなんだと思う。
お菓子屋さんに就職をして販売の仕事をしていたとき、お客さまとしてやってきた年配の男性から「(接客しているのが)あなただから僕は買うんです。」と言われたことがあった。そのときはあまりピンとは来なかったけれど、歳を重ねるにつれその意味はなんとなく理解できるようになった。大切なのは「人」なんだろうなと。写真も一緒だもんな。誰が撮った写真なのか、その作品を作った人間はどのような人物なのだろうかって、気にかかるもの。僕がこうやって毎日日記を書いているのも僕という人間を良くも悪くも外に出すべきと思っているから。写真家だと言い張って作品を発表しているのだから、作品と同時に僕の中身も発信すべきと思っている。あの作品を作った人はこんなこと考えてんのか、この人はあんな作品作ってんのかと思っていただければ。
作品って、結局は自分のことだと思うんだよね。カメラを使って表現しているけれど、結局はそれって自分なんだよ。そこにあるのは自分なの。って、なんだか話がズレたけどまぁいいや。

カメラ

写真が数枚必要になったので、メインで使っている5Ds Rを防湿庫から取りだした。1カ月以上ぶりに触ったけれど、すげぇ重いのね。カメラを持つだけで身体の右半身が力んでいるのが分かった。Otus 1.4/55を付けているからということもあるけれど、いままでよくぞここまで重いカメラを使ってたなと。こんなの斜め掛けにして山(低山だけど)を登っただなんて、身体おかしくして当然だなと。軽さを優先するのであればM9-Pを使えばいいんだけど、今回は三脚をたてて緻密なフレーミングをしたかったので、レンジファインダーは無いよねとの判断をした次第。

薄々気づいてはいるのだけれど、メインで使うカメラはもう変えるべきだなと。年齢に合わせてもっと軽いカメラに変えないと、今後も体に障ることになると思う。ただまぁだからと言っておいそれと購入できるほどには潤っていないので、なんとなく、気づかないフリをしてたんだよね。でもそろそろ本当にヤバいだろうなぁと思っているのも事実でね。ライカのレンズの素晴らしさを知ってしまっているので、新たに購入するのであればソニーのα7シリーズだろうなとは思う。軽いし、フルサイズだし、マウントかませればライカのレンズを付けられるし。ライカを買うなら…どうだろう、M9-Pとの交換でSLあたりも無しじゃ無いかもしれない。自分の撮影スタイルにはレンジファインダーは合わないことも知ってるので。

ってことで、そろそろきちんと考えないといけないかなと。身体のことを気にしてカメラを持ち歩くことを避けているだなんて、無いよね。