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不平を述べる

今から少々仕事に関する不平を述べるので、あまり得意では無い方はスルーしていただければ是幸い。せっかくの日記なので皆が明るくなるようなことを書きたいと思っているけれど、今日はそろそろ堪忍袋の緒が切れそうなので、切れる前にちょっと開放するね。

Web業界に身をおいて20年。2000年前後の頃はまだ制作側もクライアント側も知識不足から来るバタバタが日常茶飯事で、そのことについては「Webは黎明期だから今はまだ仕方が無い」が通説だった。つまりは時が経てばもっとスムーズになるはずだと。あれから20年経つけれど、状況は全く変わっていない。問題を抱えている箇所はいくつもあるけれど、要は「人」。一番の原因は能が無いディレクターだと思っている。
制作を経験していない人間がディレクターとしてクライアントと制作との間に立つことが少なく無いけれど、何歩か譲って素人がディレクターになってもいいけどさ、勉強しろっつー話。どうして他社のディレクターのためにこっちが教えてやんなきゃなんねーんだっつーことだよ。おまえんとこ(会社)で教育しろよな。間違えを指摘しても謝らないとか、人間的にもどうなんだよと。あとは昭和の男なので個人的に気になっているだけかもしれないけど、メールを送ってくる際に自分の所属、つまりは社名を書かないってのはイラッと来るね。なんでこっちがメールアドレス見てどこの会社なのか判断しないとなんねぇんだよ。他にもゴマンとあるけれど、忙しいからこのへんにしとくわ。
とにかくまぁ、仕事なんだから、法人同士のやりとりなんだから、きちんとやれってことだ。

あ、あとひとつだけ。制作側の人間で「クライアントがわるい」というやつがいるけれど、どんな勘違いしてんだよと。クライアントは素人だからプロに頼んできてんだろ。だから理解していない部分はこっちからおしえてあげないとダメなの。何を期待してんだよ。おまえプロだろと。そんな感じ。

振り返る

これが今年最後の日記になる予定なので、簡単に今年を振り返りながら書くことにする。

今年という年は、これといって印象に残る出来事も無く、平和と言えば平和な一年だったように思う。去年は舌癌があったからさ、それとの比較となるとこうなるよね。
先月奥入瀬に行ったことが印象に残ってるかな。大雪のなかの運転(八甲田越え)は恐怖でしか無かったわ。でもおかげで雪道を走ることに興味が持てるようになった。つまりは良い経験ができた。
写真活動は全くしなかったな。日記用の写真は撮ってはいたけれど、作品づくりは全くしなかった。「来年はするか?」と問われるとちょっと分からなくて、まずは自分自身を整理することが大切と思っている。それからだなと。撮るだけ撮って後付けでステートメントを考えて発表ってのは好きじゃ無いので、とにかくは、まずは自分の整理。これに尽きる。
友人からは2度しかご飯に誘われなかった。さきほど部下に「今年は1回しか誘われなかった。あと1回はこれから。オレ不人気。」と伝えると、部下たちは誰からも誘われていなかったことが判明。大人ってそんなもんなのかもしれないね。なので正しくは「2度も誘われた!」なのだろう。誘ってくれてありがとう。アイラービュー。
「絶対にやる」と言っていた事務所の引っ越しはやめた。いままで数えきれないほどの引っ越しをしてきたけれど、ここまで物件が見つからないことは無かった。つまりは「タイミングじゃねぇよ」ということなのだと解釈して今回は見送ることにした。素敵物件が出てきたときには速攻で引っ越すことにする。これは来年に持ち越し。すげぇいいトコに引っ越して快適な環境で仕事すんだから。
ちなみに今年は「個人的に頼まれたことは断らずに「Yes!」と言う」を心がけるようにしていたけれど、そもそも何らかを頼まれることが無かった。せっかくなので来年も続けようと思う。断らん人間、それはつまり僕のこと。
他にも振り返ろうと思えばいろいろあるけれど、長くなるのでもうやめる。

少しだけ来年の話をすると、来年はもうちょい稼ごうと思う。稼ごうと思って稼げるわけでは無いけれど、世のためになることと自分のやりたいこととのバランスを考えつつ、新たなことに挑戦できればいいなと。会社概要しか載せていなかった自社サイトも簡単にリニューアルしたことだし(デザイナーがやってくれないので自分でやった)、少しずつ、動いていければいいかなと思っている。

ということで皆さま、本年も拙い日記にお付き合いいただき誠にありがとうございました。来る年が、皆さまにとって幸多き一年でありますように。

自分

たとえば何かの職を得ようと思ったとき、既にある職種のなかから自分に適したものや興味のあるものを選ぶことが普通の流れだと思うけど、それってなかなかチャレンジャーだと思っている。僕も20~30代前半の頃まではいろいろなことにトライしたけれど、自分の適正と職業とが合致することって稀だと思う。そこに不一致があると、雇う側にとっても雇われる側にとっても不幸なことだと思うし、雇われる側、つまりは自分のことだけれど、人によっては「自分はこんなこともできない人間なのか」やら「自分は社会不適合者なのかもしれない」なんてことを感じちゃう人もいるんだよね。いやいやそうじゃ無いと思うよというのが僕の考えなんだけど。それって誰が悪いわけでは無く、マッチングが悪いだけだから。むしろ職というものは既にあるものの中から選ぶのでは無くて、自分で作っちゃうのが一番だと思っている。たとえば「夜しか開けないパン屋」とか「一日中空を眺めることで空の異変にいち早く気づいてそれをネットで報告する人」とかさ、知らんけど。「僕、自転車に超詳しいです」なんてことを書いた看板を持って交差点にでも立ってたら何かが生まれるような気もするし。そこにハードルの高さを感じる人は多いであろうことは分かるけれど、なんだかんだ、自分でレールを敷いた方が楽なんじゃね?と思うんだよね。
似たようなことを写真についても感じていて、誰かの真似をする人って多いじゃない。好きな作家さんの作風を真似したり、被写体を真似したり。それは悪いことでは無いんだけど、真似をすることでもともとの作家さんを超えた人を見たこと無いなと。つまりはそれってその人が持っていないものを表現しようとしてるからだと思うんだよね。いやほんと、悪いことだとは思わないんだけど、もともと自分の中にあるものを表現として外に出した方が楽だと思うの。その方が近道だと思える。誰かの真似をしていたら、どこかで壁にブチあたると思うんだよね。なのでモノ作りをする人にとって何よりも必要なことは「自分を知ること」だと思っている。自分は何を持ってるのかと。そこから始めた方がいいと思うんだよね。

仕事の質

日曜日にAmazonで注文したものが届かない。注文時に「あと〇〇時間以内に注文すれば月曜日に届ける」旨の表示がされていたので注文したのだけど、火曜日になったいまでも届かない。調べてみると、今回の配送業者はヤマトさんでは無くファイズという会社。デリバリープロバイダと呼ばれている会社とのことで、配送の遅延、不在票を入れない、態度が悪いなどの悪評が多く、平たく言えば「はずれ」らしい。日曜日の同時刻にAmazonで注文をした別の商品はヤマトさんの手により月曜日の早い段階で到着しているので、なんつーか、ダメさ加減が目立ってしまう。大至急手に入れなければならない荷物では無いのでまだいいけれど、それよりも、こういう会社で働いている人ってどんな気持ちなんだろう、どんな志を胸に会社を作ったんだろうかと思えてしまう。
僕が働いているWebの業界も同じで、遅延やミスは仕方が無いものと思って仕事をしている方々に何度もお会いしたことがある。納品予定日までまだ何日もあるにも関わらず「土下座の練習をしておこう」と笑いながら話している姿には辟易した。その頃はまだ「ネット黎明期」と呼ばれていた時期だったのでもろもろの成熟度が低いのも仕方が無いのかなと思っていたけれど、今でもあの頃となんら変わりない状況にあるということは、これはもうその会社の問題であり、人間の問題なのだろうと思える。責任感ならびに当事者意識の欠如以外のなにものでも無いよな。
なんかこう、自分は自分で会社を作っておいて良かったなと思える。そういったマイナスな波に飲まれないで済むからな。

ひとりごと

27歳の頃に会社を辞めてフリーランスになった。フリーランスとして働きながら思ったのは、ひとつの案件だけを受注するのでは無く、複数の案件を同時にまわしておかないと危険だということ。ひとつのことだけに集中していると、いざその案件がなくなったときに倒れてしまう。たとえば僕に仕事を与えてくれている会社が倒れてしまうと僕も一緒に倒れてしまうので、仕事は複数の会社から受注しておくことが大切だと思えた。しばらくはこの考え方で良かったのだけれど、そのうち「そもそも誰か(どこかの会社)の下に付いていること自体が危険なのではなかろうか」という考えが浮かんでくるようになり、今ではそれが当たり前だと思えるようになった。当たり前と言っておきながらも現状はどこかの会社からお仕事とそれに対する報酬をいただいているので、そのお仕事が順調ないま、新たな案件を模索すべきと思っている。できれば全くの畑違いの案件を複数。窮地に陥ってから手を打つのでは遅いからな。余裕があるということは、動くときだということ。いまいただいているお仕事を大切に、他の分野にも目を向けていきたい。