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夢の記録と幽体離脱

ここのところ夢を記録していることは先日の日記に書いた。今日もいくつかの夢を見た。夢を見て、起きて、ノートに記録してからまた寝たんだけど、朝起きてからノートを見てみたら何も書いていない。どうやらノートに記録する前にまた寝てしまい、記録したという記憶そのものが夢の中の話だったということらしい。よくある話だな。なので今日の夢は「記録無し」となった。
夢を記録するようになってからこんな感じになったよという話をするとだな、おそらくは「夢を覚えているようにしよう」と意識してから寝るようになったからだと思うけど、夜中に起きたときに、意識は起きているにも関わらず身体だけが寝ているような感覚になることが多くなった。言ってみれば「布団の中に沈んでいく感覚」だろうか。身体の感覚が無くなって行くんだよね。2日に1回はこうなる。10代だか20代だかは忘れたけど、若い頃にもこんな感覚になることは稀にあって、僕はそれを「幽体離脱の前段階」だと勝手に思っていた。つまりはこのまま行けば(意識を保ったまま身体だけが沈んで行けば)幽体離脱するんじゃなかろうかと。結局は幽体離脱することは無くそのまま寝ちゃってたけどな。ここ最近のそれも同じで、「このまま行けるかな?」とは思うものの、いつまで経っても幽体離脱することは無い。僕の心のなかの恐怖心のせいかな?なんてことも思うけど、それも確実とは言えないし。
で、昨晩、幽体離脱のための残りのピースの参考とするために、寝る前に「幽体離脱 方法」で検索をしてみた。そこで見つけたページには、僕が小学校3年生だか4年生だかの頃に毎晩のようになっていた金縛りと全く同じことが書いてあった。その人曰く、幽体離脱の前には耳鳴りがすると。耳鳴りのあとに身体が震え出し、金縛りになると。金縛りになったら身体を左右にローリングさせると幽体離脱できるとのことだった。耳鳴りから身体をローリングまでは僕も子供の頃に毎晩やっていた。でもそれは幽体離脱するためでは無く、金縛りから早く解けたいとの思いでやっていたことだった。と言うか、金縛りになって身体が動かないんだから、実際にはローリングなんてできるわけが無い。僕がやっていたローリングは、心の中だけでやっていたことだ。もがいてただけなの。というか、ここで僕が言いたいのは「そんなことしても幽体離脱なんてできねぇよ」ということでは無く、身体が寝ているのに意識だけは起きているという状況は、やはり幽体離脱の一歩手前の現象と見て間違いないんだろうなということ。金縛りってのは、科学的に見ると、意識は起きているけど身体がまだ寝ている状態のことを言うからね。

「幽体離脱なんかしてどうすんのよ?」と思われるかもしれないけど、なんつーか、見てみたいんだよね、その先を。たまたまその一歩手前にいるみたいだから、せっかくだからさ、残りの一歩を踏みだしてみたいと思うのよ。男の子だもの。

教えを乞うべきもの

唐突に思い出したので書いてみる。今日も書きたいことは無かったので思い出せてよかった。

「幽霊を見てみたかったので毎晩寝る前に「幽霊が見たい」と念じてから寝ていたら、何日後にベッドの横の窓から幽霊がいっぱい入ってくるようになって、それからというもの、怖くて寝れなくなった。」と、バイト先の先輩が泣きついてきたことがあった。そのバイト先ではエラそうにしているというか、「オレの高校でオレの名前を出せばみんな分かりますよ。」と、よく分からん豪語をするような人だったけれど、その時は文字通り、泣いていた。それに対してどんな回答をしたのかは全く覚えていないけど、お化け関連のことを有識者からのアドバイスももらわずに進めちゃイカンよね、とは思えた。危険地帯に踏み込むのであれば、せめて防弾チョッキくらいは着なさいよということだ。目に見えない世界は怖いからねぇ。
なお、その先輩はそれからほどなくしてバイトを辞めてしまった。今ごろどこで何してんだろ。

宇宙は数字でできている

今から13~4年ほど前、深夜というか明け方というか朝でも夜でも無い時間帯にふと目が覚めたとき、数字やらアルファベットやらがびっしりと天井付近に浮き上がって見えたことがあった。厳密に言うと、天井から少し降りたあたりにふわふわと浮かんでいて、金色に輝きながら、パラパラとめくれていた。めくれていたというのはうまく説明ができないんだけど、たとえば数字だったら「0」から「9」までがすごい速さでめくれてる感じ。0→1→2→3…みたいに。分かるかしら、これ。その数字やらアルファベットやら記号やらよく分からん言語やら数式やらがとにかく天井びっしりにふわふわと浮かんでいて、それぞれがパラパラとめくれてるの。それをぼんやりと見つめながら、この現象が何なのかは分からないけれど、経験から言って、これはぼんやりと見つめているから見えているものであって、カッと目を開けたら見えなくなるものであろうことは分かった。要は意識を目に移してしまうと見えなくなるものだろうなと。なのでしばらくはぼんやりしたまま眺めていたことを覚えている。
で、最近になってさ、似たようなことを言っている人をネットで見つけたのよ。その人は意識的に幽体離脱ができる人らしく、その日も幽体離脱をしていたとのこと。詳細は忘れたけど、太い管のようなものの中を飛びながら移動していたときに、その管の中だか壁面だかに計算式のようなものがびっしりと書かれていたと。それを見て、直感的に「宇宙は数字できてるんだな」と思えたと書いてあった。なんかそれ、僕が見たものと似てるんじゃないかなと思って。
ホントのところはどうなのか分からないけど、その人が言う「宇宙は数字でできている」ということ、なんだか分かるような気がしてね。理屈では無く、ほんと、なんとなく。世界のYAZAWAも言ってたけど、勘って大事よ。なのでもう一度言うけれど、感覚的に、それ、分かるのよ。宇宙って数字でできるんだよ、たぶん。

僕とヒーリング

数か月前、少々事情がありまして、以前おこなっていたスピリチュアルカウンセリングのクライアントさんとお会いした。お昼ごはんを食べながら昔話なども出るなかで、当時、僕のカウンセリングを受けたいと思えたきっかけは、僕がホームページに書いていた日記を読んで「この人なら大丈夫そうだ」と思えたからだと仰っていた。スピリチュアルなんてものは怪しさ満載だと思っていたけれど、この人は普通の感覚を持っていそうだから大丈夫だと思えたそうだ。で、昨日、以前公開していたホームページの残骸を見つけるべく古いNASを起動して、それらしきものを見つけた。日記というかコラムだね。書いてたね、こんなこと。ヒーリングやリーディングの技術を提供するにあたり、そもそも僕が何者でどんなことを考えているのかということを公にしておく必要があると思えたので書いたものだった。それを写真の話題を中心にすると宣言しているこの日記に載せるのもどうかと思うけど、毎度のことながら書きたいことも無いので以下にコピペすることにする。誤字もあるけどそのままで。激烈に長いので週末にでも読んでみてちょうだい。お目汚し。

本来、コラムとはこういうものでは無いと思う。けれど、「どこの誰にヒーリングを受けているのか」ということを知っていただくことはとても大切なことだと思うので、まずは僕がヒーリングをするようになったきっかけや経緯を知っておいていただきたいと思う。
これから数回に分けて、僕とヒーリングとのことを書きたいと思う。「私のヒーリングについて」という限られたスペースでは、書ききれないこともたくさんあるので。

■ヒーリングとの出会い

僕とヒーリングとの出会いは唐突なものだった。

かれこれ7~8年ほど前に遡る。当時、僕はWebやDTPなどを教える「マルチメディアスクール」でWebデザインという講義を担当していた。1コマ5時間の講義を、1日に1~2コマ担当させて頂いていた。通ってくる生徒さんたちのほとんどが「転職」という大きな希望を持っており、言ってみれば「人生の転機」にある方々と時間を共有していたことになる。それだけに責任は重大だし、やりがいもあった。

5時間もの長丁場の講義の終了後、僕とアシスタントさんとで食事をしてから帰ることが多かった。駅の近くの居酒屋に行くこともあれば、帰り道にあるファミリーレストランに行くこともあった。
ある日、いつものように食事をしていると、なぜだか僕の左手が熱くなっていることに気づいた。具体的には左腕の肘から手のひらにかけて熱くなっていた。右手とは比べものにならないほど、その差は歴然としていた。僕はすぐに「気功だ」と思った。もちろん気功など習ったことは無いし、テレビでしか見たことは無いけれど、なぜか気功に違いない思った。今、どうして、気功ができる必要があるのかなんて分からない。でも、それは確かなものに思えた。
目の前にいるアシスタントさんに「ちょっと手を貸して」と言い、差し出された右手の手のひらを上に向け、その中心に向かって左手の人差し指をかざしてみた。「わっ、何これ、しびれる!」と言われた。そのしびれは熱さを伴うもので、手のひらから四肢の先まで瞬時に伝わったと言う。しびれと熱さが、全身を覆った。

それから数年が経ち、そんな出来事も忘れかけてきた頃、僕の部下が少し興奮しながらこんなことを言ってきた。
「先生(スクール繋がりの部下なのでこう呼ばれている)、渋谷に本物の霊能者がいるよ!HとKが行ってきたみたいなんだけど、過去のこととか体調のこととかズバズバ当てられたって!」
霊能者か。本物ということであれば一度お会いしてみたいとは思ったが、当時の僕にはお会いする理由は無かったので、話半分で聞き流していた。けれど状況はいろいろと動くもので、その話を聞いてからちょうど1年が経とうとしていた頃、僕は仕事上の問題で分岐点に立たされることになった。右へ行くか左へ行くか、その選択により大きな差が出るであろうことは薄々感づいていた。どうすべきか迷っていたところに、1年前に部下が言っていた霊能者のことが頭をよぎった。すぐに部下に連絡を取り、霊能者の電話番号を教えてもらった。電話をすると、たまたま僕が希望する時間帯にキャンセルが出たとのことで、すぐに予約を入れることとなった。

ある土曜日の昼下がり、僕はその霊能者の事務所を訪れた。生まれて初めての「霊能者」との対面だったので、少し興奮していたのを覚えている。
リーディングを通して、僕は部下の言っていたことを信用せざるを得なかった。詳細は省くが、確かに本物としか思えなかった。これは本当に、驚きの体験だった。
その霊能者は、リーディングの他にヒーリングも行っていた。さらに「ギフトのある方にはヒーリングを教えます」というスタンスでもあった。かなりドキドキしたものの、「僕にはギフトがありますか?」と聞いてみた。すると真面目な顔で「あなたできますよ。ギフトありますよ。」とおっしゃった。
それから約1ヵ月後に、僕はその霊能者にヒーリングのやり方を教えていただいた。やり方と言うよりは「コツ」と言った方がいいのかもしれない。今だからこそ分かることなのだが、ヒーリングの手法とは、皆一様というわけには行かない。自分で経験を積むことによって、独自の方法を編み出して行くものだ。それはとても自然なことであり、必然とも言える。
コツを教えていただいてから5年ほど経過すると思うが、今でのそのコツは僕のヒーリングに生きている。僕のオリジナルという「ガワ」の中身は、その霊能者に教えていただいた「コツ」が鎮座している。僕のヒーリングの始まりは、その「コツ」との出会いだったと思う。

■初めてのヒーリング

霊能者にヒーリングのコツを教えてもらい、その興奮のまま、帰宅後に妻にヒーリングをしてみた。すると妻は「何も分からない」と言う。「おかしいな」と思い、何度かヒーリングをしてみるも、やはり分からないらしい。これにはショックだった。おかげでヒーリングのコツを教えてもらったからすぐに、僕はヒーリングをやらなくなってしまった。

それから約1年後、きっかけについては忘れてしまったが、せっかくコツを教えていただいたヒーリングをやらないのはもったいないと思うようになった。もしかするともっといろいろな人にヒーリングをすれば、いろいろと見えてくるものがあるのではないか、そう思うようになった。
変人だと思われるのを覚悟で、まずは部下達に「自分はヒーリングができる」ということを告白した。所謂「カミングアウト」というやつだ。そして後戻りできないように、整体用の高価なベッドを事務所に置き、コツを教えていただいた霊能者には「僕はこれからヒーリングをして生きて行きます。目標はあなたです。」という内容のメールを送った。霊能者はすぐに返信をくれた。「僕なんてすぐに追い越されるでしょう。」という激励のメールだった。そしてヒーリング用として、リクライニングソファを送ってくれた。これには驚いた。送っていただいたソファは自宅でのヒーリング用として、ありがたく使わせていただくことにした。
平日は事務所、土曜日は自宅の一室でヒーリングをすることにした。これで本当に後戻りはできなくなった。

事務所にベッドが届いてからは、部下達にヒーリングをさせてもらうようになった。部下のひとりがちょうど気管支に問題を抱えていたので、喉を中心にヒーリングをした。喉へのヒーリングの仕方など分からないので、言ってみれば「適当」にヒーリングをしてみた。
数十分後、喉の痛みが取れたと言うではないか。やっている自分でも信じられないのだが、そう言われたので、なんだか恥ずかしさに似た感覚を覚えた。部下が暗示にでもかかっているのではないかとさえ思った。
その後も部下や事務所に遊びにくる関係者たちに何度かヒーリングをさせていただき、少し自信を付け、いよいよ今度は友人たち全般にカミングアウトをすることにした。

友人達へのカミングアウトにはmixiを使った。とても簡単な説明用のホームページを作成し、mixiの日記からそのホームページへと誘導させた。ヒーリングができるだなんてことを言ったら、それこそ縁を切られることもあるだろうと思っていたが、自分が思うほどに大きな問題では無かったようだ。好意的な友人達はすぐにリアクションを返してくれるし、そうでない友人達からは何のアクションも起きなかった。ただそれだけのことだった。
友人の中には何人か切実な思いを持っている者がいることが分かった。すぐにでもヒーリングをして欲しいと言われた。

記念すべき(と言うと悪いけれど)友人でのクライアント第一号は、膝の腱を伸ばしてしまい、まともに歩くことができない状態だった。部下へのヒーリングの時と同様、膝へのヒーリングの仕方など分からなかったので、今度も適当にヒーリングをすることにした。まずはリラックスした体勢になってもらい、その体勢のまま、両手で膝を包み込むような形でヒーリングをしてみた。遠いところからわざわざ足を運んで頂いたのだから、それこそ神にも祈るように集中してヒーリングをした。
ヒーリングを続けながら彼の方に視線をやると、彼の身体の周りにとても小さな「キラキラ」が見えた。「なんだろう」と思っていたら、突然彼の左側に「ビカッ!」ととても大きな輝きが見えた。その輝きは言葉ではとても表現できないような、大きく、美しく、力強い光で、例えるならば直径10cmくらいの大きなダイヤモンドの後ろから、とても強くて白い光をあてたようなものだった。眩しいのだが眩しくない、何とも表現のしようの無い美しい光だった。その光を見た瞬間、僕は彼の膝が治ると確信した。

驚きの体験をした数分後、僕はヒーリングを終了させた。終了させるタイミングなど分からないが、なんとなく「終了」と思える時に終了させてみた。彼に立ち上がってみるように伝えた。恐る恐る立ち上がった彼は「あれ?」と言った。「痛くない!全然痛くない!」僕の目の前で彼は、腱が伸びているはずの足を、ガンガンと床に踏みつけた。やはり僕には信じられなかったが、あの光が僕の目の前に現れたことを考えると、彼の膝の痛みは取れたのだと思わざるを得なかった。
それから数ヶ月経って彼と再会をした時、今では毎週のようにフットサルをしていると教えてくれた。うれしそうだった。

■様々な体験

友人・知人たちへのヒーリングを経て、約1年後には広く一般の方々へのヒーリングを開始した。これと言って特別な宣伝活動などは行っていなかったが、ホームページを通して、ほぼ毎日のようにご予約を頂いた。

ヒーリングにはいろいろな方にお越しいただいた。肩や腰の痛みなどはもちろん、スピリチュアルに興味を持っている方、レイキヒーリングをされている方、「私にはマリアがついている」という方など。そんな方々へのヒーリングを通して、僕は多くのことを学ばせていただいた。精神的なマイナス要素は肝臓に溜まりやすいこと、ご本人の申告とは異なるところに原因が潜んでいること、医学的に原因不明と言われる病にはきちんとした原因があること、快方に向かう病とそうでない病があること、など。そして不思議なことに「今月は肩こりの方、その翌月は精神的に参っている方」のように、同じ悩みを持った方々がまとまった時期にいらしていることに気づいた。それはあたかも、僕に無理をさせないように、少しづつステップを踏ませてくれているかのようだった。見えない力により、自分のレベルにあったヒーリングをさせて頂いていたのだと思えて仕方が無い。

今でもまだまだ勉強中であり、その勉強は一体いつになったら終わるのかと思うくらいに膨大なものだが、その経験が僕にとって必要不可欠なものであることも知っている。嫌な目や怖い目にあうことも少なくないが、それでもヒーリングを続けているのは、きっと僕にとって必要なものだからだろう。だからこそやりがいのあるものだし、これからも続けて行きたいと思っている。

ひらめいた

今から15分ほど前にひらめいたことをメモ代わりに書いてしまうと、歳をとるにつれめんどくさいことを言う人が増えてくるけれど、それはもしかすると「死に近づいているから」ということが言えるのではなかろうかと思えた。具体的に言うと、人間とは霊体と肉体とで構成されているじゃないですか。肉体があることで、霊体、つまりはその人の心の部分と言ってもいいかもしれないけれど、その心の部分が100%は外に出ないようになっているわけですよ。肉体によっていくらか防御されているというか、全てが表には出ないようになっている。で、肉体と霊体とが完璧に離れてしまうと、つまりは死んでしまうとということだけど、その人の心の部分が100%外に出るわけ。肉体はもう無いからね。なので所謂「浮かばれていない霊」ってのはめんどくさいことが多い。所謂「気づかい」だとか「忖度」ってものが働かないからね。で、話をオッサンというか歳を重ねた方々のことに戻すと、人間ってのはもしかすると歳をとるにつれ肉体と霊体とが徐々に離れていくものなのかなと。もしそうであるならば、歳をとるにつれて気づかいやら忖度やらができない人が増えてくるのも不思議なことじゃ無いよなと。知らんけど。おわり。