Posts in Category: おかしな話

お盆

この土日は両日ともに新日本プロレス主催のG1クライマックスを見に行ったんだけど、その話はおそらく妻が書くだろうから、ご興味のある方は妻のブログを見ていただければ。では僕は何を書くのかというと、頭の中にいまあるのは霊的な話なので、そのことについて少々書こうかしら。と思ったんだけど、まずまずな量を書いていたら少しだけ嫌な空気を感じたので消してみた。いまここ。やっぱりこういう話題は当たらず障らずが一番ですな。

ってことで皆さま、お盆です。ご先祖さまのお顔を思いだして心のなかでハグしてみたり、一緒にご飯を食べてみたりするといいかもしれないんだZ。

無になる

座禅でも何でもいいんだけど、所謂瞑想をする際には、無になることを求められる。とはいえ無になるのは至難の業で、自分というものがここに存在している以上は無理なんじゃなかろうかとさえ思っている。うろ覚えだけど、あの空海でさえ、無の境地に至ることはできなかったんじゃなかったっけか?至ったんだっけ?イマイチ覚えていないけど、若かりし頃は座禅で無に至ることができずに悩んだんだったと記憶している。そのかわり、山道を歩いているときの方が無に近づけていることに気づいたんじゃなかったかな。
話を戻すとだな、僕も長いこと無を目指しているわけだけど、今朝の瞑想中に気づいちゃったんだよね。他の人のことは知らんけど、僕にとっては「無」という言葉の持つイメージが邪魔をしていたみたいなのよ。無なんて無理だろと。自分がある限り無理だろと。無理なんだから、いくらやってもそんな境地には到達できないぞと、そんなことを心のどこか、ほとんど意識していない箇所で思ってるんだと思う。でもね、気づいちゃったのよ。俗に言う「無になる」とは、実は「我を捨てる」と言い変えても間違いでは無いものなのかもしれないなと。で、無ってのはおそらくは各人が共通に持っている深層心理の部分のことを指していて、我ってのはそこから枝分かれした個の部分のことを指すのだろうなと。深層心理やら枝分かれやらについては何十年も前から思っていたことだけど、瞑想の目的は我を捨てることかもしれないってことに気づいたのは初めてのこと。
これが正解か否かかは知らんけど、ピンと来たのは確かだから、普段の我の強さは個性ってことでいいとして、瞑想中だけは我を切り捨てられるように意識して行ければいいかなと。もちろん、防御をしたうえでの我の切り捨てね。大事なところ。

念のため書いておくけど、瞑想ってのは簡単にできるようで、実は危険を伴うものでもあるから、初心者の方は適切な指導者のもとおこなうようにしておくれやす。

僕とスピリチュアル

所謂「スピリチュアル」的な話が好きな僕だけど、もともと好きだったわけでは無い。怖いのは嫌いだし、どちらかと言えば現実主義な人間だと自分では思ってるし。

小学生の頃、深夜2時前後になると毎晩のように金縛りになるようになり、夜が来るのが怖くなった。親に解決策を求めても「気のせいだ」で済まされたことで、我が身は自分で守らねばならぬと自覚。少し離れたところにある本屋まで自転車で通ってそのテの本を片っ端から読むようになったことに起因する。つまりは防御方法を学ぶために仕方無く勉強をしはじめたのだよ。

ある程度大人になってからは「気のせいかな?」と思っていたことを気にするようになった。金縛りのような分かりやすいことが起きたわけでは無いけれど、ぼんやりと頭に浮かぶことって、僕が自分で考えていることなのか、それともどこからかやってきて僕の頭の中に入ってきたものなのかのどちらなのだろうかと思うようになった。具体的に言うと、電話をしている時に頭に浮かぶ相手の部屋の間取りだとか、以前も何度か書いたけれど、相手の顔に浮かぶ「目には見えない眼鏡」だとか。気のせいだとは思うものの、やけに気にかかると言うか引っかかるようになってきたので、相手から「変なやつだな」と思われること覚悟で聞いてみたら、僕が見たり感じたりしていることはほぼ全て正解だということが分かった。間取りも当たるし子供の頃にかけていた眼鏡も当たる。これら事象には共通点があって、いずれも僕がぼんやりしているときにしか頭に浮かばないということ。自分から「理解してやろう」と思うとだめ。外れる。過去に何度か目撃した幽霊も、振り返って考えてみると、僕がぼんやりしているときや他のことに気を取られているときにしか見ていない。「あっ、お化けだ!」と思うとすぐに消えるし。ってことで、他の人はどうかは知らないけれど、僕の場合は「見たい!知りたい!」と思うとダメで、心ここにあらず的な時にだけそれら現象は起きるものだと理解した。これを「波長が合う」って言うのかな?と。それが20代の頃。

30代になり、「これって科学的に説明つくんじゃね?」と思うようになり、余暇を使って少々模索を始めてみた。結論から言うと、脳波であれば自分でも測定できるぞってことで脳波測定器を購入。そこまで細かく分析できるものでは無かったのでざっくりとした結論になるけれど、霊的な現象を察知しているときの脳波はα(アルファ)かΘ(シータ)になっているということ。つまりは所謂霊能者と呼ばれる方々は、日常から脳波がα(アルファ)かΘ(シータ)の状態を保てているのではないかというのが僕の推測。β(ベータ)じゃ無いんだね。なので意識的に脳波をα(アルファ)かΘ(シータ)まで落とすことができれば、それはつまり霊界への入口に立ちましたねということと理解。

で、ここ最近のこと。これも過去の日記に書いたけど、去年の年末あたりから、自分の信念として避けてきていたスピリチュアルの学術的解釈とでも言うべきか、そのあたりの勉強を始めている。「なんだかわからないけど不思議なもの」では無く、イギリスにて学問として確立されたスピリチュアルを学んでいる。それをするようになってから、たとえばヒーリングをするときの右手と左手の役割の違いだとか、神様なのか守護霊なのかはわからないけど、彼らから僕らへの意思の伝達方法は言語では無く静止画(ビジョン)であり、僕らがすべきことはそのビジョンの意味を解釈して言語に置き変えたうえで相手に伝えることだということなどが、僕の実体験から来るオリジナルの手法では無く、学術的に正しい方法だということを知ることができた。どうやら他の霊能者たちもそんな流れみたいで。それを知れたことで、今まで僕がやってきたことは間違っていなかったんだなと思えて安心したし、これからもこれを突き詰めて行けばいいんだなと思えて勇気が出たというか、これまでは確証の無いまま自分の経験だけを信じてやってきていたけれど、これからは迷うことも無いし、スピードアップして行くんだろうなと思えた。

っつーことで、長文になった割にはざっくりとしたことしか書けなかったけど、まぁそんなところだよ。

夢の記録と幽体離脱

ここのところ夢を記録していることは先日の日記に書いた。今日もいくつかの夢を見た。夢を見て、起きて、ノートに記録してからまた寝たんだけど、朝起きてからノートを見てみたら何も書いていない。どうやらノートに記録する前にまた寝てしまい、記録したという記憶そのものが夢の中の話だったということらしい。よくある話だな。なので今日の夢は「記録無し」となった。
夢を記録するようになってからこんな感じになったよという話をするとだな、おそらくは「夢を覚えているようにしよう」と意識してから寝るようになったからだと思うけど、夜中に起きたときに、意識は起きているにも関わらず身体だけが寝ているような感覚になることが多くなった。言ってみれば「布団の中に沈んでいく感覚」だろうか。身体の感覚が無くなって行くんだよね。2日に1回はこうなる。10代だか20代だかは忘れたけど、若い頃にもこんな感覚になることは稀にあって、僕はそれを「幽体離脱の前段階」だと勝手に思っていた。つまりはこのまま行けば(意識を保ったまま身体だけが沈んで行けば)幽体離脱するんじゃなかろうかと。結局は幽体離脱することは無くそのまま寝ちゃってたけどな。ここ最近のそれも同じで、「このまま行けるかな?」とは思うものの、いつまで経っても幽体離脱することは無い。僕の心のなかの恐怖心のせいかな?なんてことも思うけど、それも確実とは言えないし。
で、昨晩、幽体離脱のための残りのピースの参考とするために、寝る前に「幽体離脱 方法」で検索をしてみた。そこで見つけたページには、僕が小学校3年生だか4年生だかの頃に毎晩のようになっていた金縛りと全く同じことが書いてあった。その人曰く、幽体離脱の前には耳鳴りがすると。耳鳴りのあとに身体が震え出し、金縛りになると。金縛りになったら身体を左右にローリングさせると幽体離脱できるとのことだった。耳鳴りから身体をローリングまでは僕も子供の頃に毎晩やっていた。でもそれは幽体離脱するためでは無く、金縛りから早く解けたいとの思いでやっていたことだった。と言うか、金縛りになって身体が動かないんだから、実際にはローリングなんてできるわけが無い。僕がやっていたローリングは、心の中だけでやっていたことだ。もがいてただけなの。というか、ここで僕が言いたいのは「そんなことしても幽体離脱なんてできねぇよ」ということでは無く、身体が寝ているのに意識だけは起きているという状況は、やはり幽体離脱の一歩手前の現象と見て間違いないんだろうなということ。金縛りってのは、科学的に見ると、意識は起きているけど身体がまだ寝ている状態のことを言うからね。

「幽体離脱なんかしてどうすんのよ?」と思われるかもしれないけど、なんつーか、見てみたいんだよね、その先を。たまたまその一歩手前にいるみたいだから、せっかくだからさ、残りの一歩を踏みだしてみたいと思うのよ。男の子だもの。

教えを乞うべきもの

唐突に思い出したので書いてみる。今日も書きたいことは無かったので思い出せてよかった。

「幽霊を見てみたかったので毎晩寝る前に「幽霊が見たい」と念じてから寝ていたら、何日後にベッドの横の窓から幽霊がいっぱい入ってくるようになって、それからというもの、怖くて寝れなくなった。」と、バイト先の先輩が泣きついてきたことがあった。そのバイト先ではエラそうにしているというか、「オレの高校でオレの名前を出せばみんな分かりますよ。」と、よく分からん豪語をするような人だったけれど、その時は文字通り、泣いていた。それに対してどんな回答をしたのかは全く覚えていないけど、お化け関連のことを有識者からのアドバイスももらわずに進めちゃイカンよね、とは思えた。危険地帯に踏み込むのであれば、せめて防弾チョッキくらいは着なさいよということだ。目に見えない世界は怖いからねぇ。
なお、その先輩はそれからほどなくしてバイトを辞めてしまった。今ごろどこで何してんだろ。