Posts By yusuke

偉い人の不祥事

アマチュアボクシングだか何だかの世界の偉い人が辞任した。報道によるともろもろの悪事を働いていたようで、それが本当ならよろしくないことだとは思うんだけど、なんだかかわいそうだなとも思えた。どうしてかわいそうだと思ったのかは自分でもいまいち分からなかったので、沈思黙考。あれだね、悪事を働いたのは彼なのかもしれないけど、それを増長させていた周りにも責任があるのに(あると思うのに)そこはクローズアップされないからだね。

浪人生の頃、足の指の間に水虫らしきものができたので父親の水虫の薬をつけたんだけど、全く快方に向かわなかった。仕方が無いので皮膚科をしらべて行ってみた。採血をするというので腕を差し出したら、看護婦さん(?)が血管が出てこないのでやりにくいと言った。僕は血管が細くていつも困らせてしまうので、「すみません、いつも採りにくいって言われるんです。」と言うと、明後日の方向から「水を飲めば血管が出るのにどうして来る前に飲んで来ないのか!」という大きな声がしたのでその方向を振り返ってみると、男の医師だった。自分の椅子に座り、こちらに背中を向けたまま怒鳴っていた。は?と思い、言いかえそうとしたら、看護婦さんたちが全員で顔を見合わせて「申し訳無い」というような顔をしていた。それを見たら、きっといつもの態度なんだろうし、なんだかこのまま収めた方がいいのかもしれないなと思え、怒りを収めた。それから数年して脱税だか何だかで潰れたけどね、その皮膚科。

ってことでだな、もちろん全部が全部とは言わないけれど、周りも悪いと思うのよ。どこかで煙が上がったら、火事になるまで見てないで、すぐに鎮火(鎮煙?)しないとならないと思うんだよね。それを怠るからそうなる。散々放置しておいて、最初は単なるKYだった人間が、完全なるモンスターに大成長してから事を起こすのもねぇ。
ボクシングのあのおじさん、そんなに悪い人じゃ無いんじゃないかなと思えてなー。

スポーツと坊主頭

ここのところ、球児の坊主頭に対する疑問の声が増えてきた。球児が坊主頭にならなければならない理由を科学的に説明してくれなんてことを言う輩もいるけど、アホかと。科学的な理由なんてあるわけねぇだろ。

ではなぜ坊主頭にするのかという私見を述べる前に、僕が若かりし頃に監督やコーチや先生たちに言われていた理由を言うとだな、あれはな、思春期真っ只中の僕たちが、野球以外のものに目を向けることで野球に対する集中力が削がれることを避けるがためになされていたことなのだそうだ。もっと簡単に言うと、お坊さんと一緒なの。お坊さんも坊主頭でしょ?あれは煩悩を無くすためだと言われている。髪の毛があると髪型をどうしようかななんてことを考えるでしょ。ムースはどれがいいかなとか、ワックスはどうしようとか、やっぱり最後はスプレーで固めないとねとかさ。そういった煩悩を無くすために髪の毛を剃るのだよ。
高校の頃のバレー部の顧問は自分が現役だった頃のエピソードを引き合いに出して、僕らの頭を剃ろうとしていた。うちは坊主じゃ無かったからね。その顧問が言うには「髪の毛があるやつらには絶対に負けないと思って気合いが入ったから勝ち進めた。」と言っていた。試合前の円陣で「ぜってー負けねぇ!」って誓うんだって。だからお前らも坊主にしろと。先輩たちが即座に反対してくれたから坊主にはならなかったけど。

ってことでそろそろ僕の私見を述べるとだな、なぜ球児は坊主頭にするのかというと、それは単に気合いが入るから。それ以外に理由は無い。「球児が坊主頭にならなければならない理由を科学的に…」なんてことを言ってるやつは、まずは自分が坊主になればいい。なれば分かるよ。自ら行動を起こすことも無く安全な場所から理屈を述べてるようなやつには一生分からん話だ。
疑問を感じたら自分で体験すること。やりもしないで理屈をこねるようなやつの話に重みは無いし、信用もならん。ってことを、生まれて一度も坊主頭にしたことが無い僕が言う。

才能

実家からぶどうが送られてきたので、その御礼とともに、最近熱中症が流行っているから十分に気を付けるよう伝えた。我が家では妻がそのあたりのことに詳しいというか努力をして調べる人なので、そんな僕らがやっている熱中症対策をそのまま伝えておいた。お茶はダメ、水か麦茶。塩と酢。
「妻が調べた…」というところで思いだしたんだけど、どんなことであれ、自分が好き好んで続けられることがあるのであれば、それはそのことに対して「才能がある」ということだ。それを言うと「いや、全然だよ」やら「単なる趣味だよ」と言う人が大半だけど、そんなことで誰かとの比較をする必要は無いんだよ。自分が好きで、ワクワクしながら続けられるのであれば、それは神様からいただいた才能以外の何ものでも無い。それを伸ばすか否かは自分次第なので答えは人の数だけあるものだけど、「今後の人生」やら「常識」等のモノサシを持ち出すようであれば、なんだか勿体ないなとは思う。
作品づくりのテーマ(決め)も同じだな。もともと自分の中にあるものでは無くお洒落なものやら小難しいものを取り入れようとするから分かりにくくなる。最初から自分のなかを見つめてそこにあるものを出せばいい。

人は皆、輝ける。輝こうとするかしないかの違いだけ。知らんけど。

スクーリングと僕と妻

この土日は某所にて行われたスクーリングに参加。連日の朝の9時から18時までみっちりと行われたそれは、とても疲れる&眠くなるものかと思いきやそんなことは無く、充実感溢れたものだった。参加できてよかった。良い経験ができた。
僕は齢46にして、いまだ自分の可能性を探っている。僕にはどんなことが向いているのか、どんなことができるのか。わざわざ齢46と書いたのは、46にもなってまだこんなことしてるんですよという自虐を織り交ぜることで、多少なりとも皆さんが笑顔になればいいかなとの思いからくるものなんだけど、本音を言うと、年齢なんてまるで気にしていないのよ。人間たるもの命ある限り成長し続ける生き物だもの。この世に生を受けてから何年経とうと、同世代のみんながどんな暮らしをしていようと、それはそれであり、僕は僕である。僕は僕だから、僕を生きていく。
そんなことを思うなか、ひとつ「凄いな」と思っているのは、僕の妻はよくこんな僕についてきてくれているなということ。ひょっとしたらあの人はとても凄い人なんじゃないかと思えてきた。いまここ。

「裏」のお札

いつだったか、妻から「裏のお札ってあるの?」と聞かれた。妻は僕の崇敬神社のことが書かれている本を読んでいて、それによると、その神社の御眷属のお札には二種類あり、ひとつが一般でも求められる「表」のお札、もうひとつが知っている人しか知らない「裏」のお札とのこと。その裏のお札は取り扱い方に注意しなければ死に至ることもあるようなことが書かれていた。お札をいただいたらどこへも寄り道せずにまっすぐに家に帰らないとならないとか、家に帰るまでの間は決して振り返ってはならないとか、神棚に供えるまでは決して下に置いてはならないとか、1年以内にお返しに行かないとならないとか。わたくし、何のこっちゃと思いつつも、もしかすると僕が知らないお札があるのかなとも思い、いやでも知らないもんなとのことで「知らん」と答えたと思う。
昨日、事務所で仕事中になんとなくそのお札のことを調べたくなってGoogle先生に聞いてみたところ、出るわ出るわ。妻が読んでいた本の内容をそのまま書き写したんじゃなかろうかと思えるほど似た内容が書かれたページがわんさか出てきた。ご丁寧に「裏」と呼ばれているお札の写真もあったのでじっくりと見てみたら、あれ、これ僕持ってたなと。たぶん講のみんなで行ったときに朝の御祈祷でいただいたやつだなー、なんてことを思いながら事務所での神棚代わりにしているワイヤーシェルフの上に視線を移したら、そこにはまさかの光景が。その「裏」と呼ばれている取り扱い注意のお札が鎮座してたのよ。ぐっはーーー!!やってしまった!!!と思いながら椅子の上に上ってお札を手に取り裏側を見てみると、そこには「平成二十三年」の文字が。1年以内にお返ししないとならないお札を7年も放置していたとは!なんたる不届き者!!一刻も早くお返ししようとのことで宿坊である興○閣の空室情報を見てみたら、土日だと10月にならないと空いてない。むはー、スピリチュアルブームのバカバカ!これは日帰りするしか無いのかなと、いつ行けるかな、なんてことを考えている。いまここ。