心をのせる

文章を読んでいると、それがスッと入ってくる場合とそうで無い場合がある。それをこれまではこちら側の問題だと思っていたけれど、もしかするとあちら側の問題なのかもしれないと思えてきた。スッと入ってくるときとは、書き手の心のなかにあることをそのまま活字にできているときなんじゃないかと思えて。
文章だけでは無く、写真も音楽も絵画も彫刻も、創作されるものはみな同じなのかもしれないなと思えた。そうなると、これは今日僕が書きたかったことでは無いけれど、もしかするとオリジナリティーの話にも関わってくるのかもしれない。他の誰かのものを模倣したような創作物は、どこか引っかかりができるのかもしれないなと。ご本人のなかにうまく取り込めていないというか、理解できていないというか、そんなところが受け手側のひっかかりとして現れるのかなと。ガワは素敵に見えても、中身は空なのかもしれない。そこに込めるべき心が見あたらないのかな。
話を戻すと、心のうちをそのまま活字にできたであろう文章を読んだとき、そこには気持ちよさを感じる。朝一番の、眠りから覚めたばかりのまっさらな心と似ている。「言霊」ってそういうもののことを指すのかもしれないと思えた。であれば、言霊ってのは本当に力のあるものなのだなと。人の内と外とをつなぐパイプのようなところを何の引っかかりも無くドカンと出てくるものだろうから。力はあるだろうし、不純物も含まれていないだろうし。

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