フットワーク

今から20分くらい前の話だけど、いつの間にやらフットワークが悪い(重い)人間になっている自分に気が付いた。若い頃は「迷わず行けよ、行けば分かるさ。」だったのに、いつからか「ここでこうしたら結果としてはこうなるだろうからもうちょい様子見した方がいいだろうな」的な考え方をするようになっていた。これはイカンなと。世の中ってうまく出来ていると思っていて、自分の想いを実現させる方向に歩を進めることで、自然と自分ひとりのものでは無い力が働き出す、つまりは頼まずとも周りがバックアップしてくれるものだと悟ったのだよ、20年ほど前に。なので大切なのは「まだやって来てもいない未来を現在のモノサシを使って判断すること」では無く「想いと共に動き出すこと」だと。それをね、忘れていた。
自分や自分を取り巻く状況のことを「もういい歳なんだから」みたいに言うけれど、そう当てはめてるのって自分だよね。癌になって1/4くらい切除した僕の舌はもう戻って来ないけど、心はまだまだ取り戻せる。当てはめなければいいだけ。こんな大切なことを思い出せてよかったなーと思いつつ、明後日くらいには忘れていそうで僕って人間が怖いわなんてことも思ったり。
では良い週末を。

好きな写真家

好きな写真家や影響を受けた写真家を聞かれることがあるけれど、そのたびに僕の頭の中は空になる。誰の顔も浮かばないということでは無く、「好き」とか「影響」といった言葉がピンと来ないからだと思う。なんだろう、たとえばそれが「いいな」やら「すげぇな」に置き変わったとすればパッと出てくるかもしれない。めんどくせぇだろ?
写真集を買うことは滅多に無いけれど、買うときはジャケ買いをすることが多い。その方が著名か否かは関係無い。東北地方にお住まいの女性写真家さんの写真集はとても良かった。とても良かったので、勿体なくてあまり見ていない。言うなれば「箱入り娘」ならぬ「箱入り写真集」と化している。大切に、丁重に扱っている。本末転倒甚だしいとは思うものの、そうしたくなるのだから仕方が無い。そして関西方面にお住まいの女性写真家さんも良かった。こちらの女性は写真に留まらず文章もお書きになるんだけど、その文章がまたすばらしくて。この方の場合、うまく言えないので誤解してほしくは無いんだけど、今やその方そのものに興味が出てきている。とても心が綺麗な方なんだろうなと思えてね。
と、ここまで書いておきながらアレだけど、久しぶりにグルスキーの写真集でも見ようかなと。なぜなら横に置いてあるから。ではサラバイ。

写真における習作

「習作展」と銘打たれた展示を目にすることがある。そのたびに「習作って何?」と思っていた。僕が持つ知識では、習作とは練習として制作された制作物のことを指すのだけれど、それを展示して披露するという発想が僕には無いために、いまいち分からずにいた。今日になってスイッチが入ったので調べてみたところ、習作とはやはり練習として制作された制作物のことを指す言葉で、それが絵画や音楽の世界だけでは無く写真の世界においても同義として使われていることが分かった。やはり練習として制作(撮影)したものをそのまま展示してるんだね。
なんだろう、この部分って人それぞれだと思うんだけど、「習作」と言われるとあまり見る気がしなくなる。なんであなたの練習過程のものを見ないとイカンのよと思えてしまう。習作展と銘打つことで逃げているのかな?とも思えてしまう。ただ、それがもし既に活躍されている方というか僕が好意を持っている作家さんのものであれば話は別で、それを見ることで、現在の作風に至るまでの経緯というか努力と言うか苦悶というかそんなものを知ることができるだろうから、それであればアリだろうなと。
あと、生徒さんたちの作品を集めて展示することを「習作展」と銘打つこともあるみたいだけど、それってなんかちょっと失礼じゃなかろうかと。「皆さまのレベルにはまだまだ達してはおりませんが、ぜひともこれまでの成果を展示させてください。」という思いの現れなのかなとは思うけれど、それでも頑張って制作したものを展示するのだろうから、それを習作と呼んでしまうのはちょっとなぁと思える。生徒さんの作品だろうが何だろうが、それは立派な作品だと思えるのよね。
っつーことで、写真の世界における習作とはどんなものなのかは何となく理解できた。できたけど、僕の場合は今後も習作とやらを展示することは無いだろうなと思えた。人それぞれだからそれで良し。

栗城さん

登山家の栗城さんが亡くなった。登山に関する知識は皆無の僕だけど、様々なメディアで露出されているのを目にしているので栗城さんのことは存じ上げていたし、Facebookでもフォローさせていただいていた。栗城さんの登山は、詳しい方々から言わせると無謀なものが多かったとのこと。ただなんつーか、ご自身がそれに挑戦したいと思っていて、ご家族も理解してくれていて、協力してくれる方々がいて、法を犯していないのであればアリだと思う。同じ立場なら僕も挑戦したいと思うだろう。
栗城さんの大ファンなわけでは無く、もちろんお会いしたことも無く、思想や行動について存じているわけでも無いけれど、ネットでの中継を見るたびに勇気をいただいていたし、心動かされていた。だからありがとう、栗城さん。エベレストでは大変な思いをされたと思うけれど、今はただただ、あちらの世界でゆっくりしてくださいねと思う。

太った

5日連続で飛行機の写真をアップしたらなんだか飽きてきたので、久しぶりにいつも通りの写真をアップしてみた。これでいい。

ここ最近、鏡にうつる自分を見て「オレってこんなに腹目立ってたっけ?」と思っていた。「服がいけないのかな?」とか。で、昨晩。久しぶりに体重計に乗ってみたら驚いた。壊れてるのかと思った。具体的に言うと、ここ最近は82kgをキープしていたはずなんだけど、夕飯を食べた直後に量ったら86kgだった。いやいや、これは食べたばかりだからに違いないというかそう願いたいということで今朝もう一度量ってみたら85kgだった。どちらにしても太ってる。1年8か月前の舌癌の手術後に量ったときは79kgだったので、そこから計算すると6kgも太ったことになる。記憶を遡る限り、前回体重を量ったのは今年の正月明けだったと思う。そのときは82kgだったはずなので、太ったのは今年に入ってからだということになる。おかしい。記憶に無い。この5ヶ月間、そんなに暴飲暴食はしていないはずだ。そもそも、82kgから全く上下しない状態がずっと続いていたにも関わらず、何の相談も無しに一気に増えるだなんて、そんなのダメだろうよ。許さんぞ。とは言うものの、事実は事実なようなので、これはなんとかせなアカンやつなんだけど、僕はいろいろと病気を持っているというかオブラートに包んだ言い方をするとユニークな身体をしているので、疲れる運動はダメなんだよね。疲れると痛風が発症しちゃう。以前、1.5kmのジョギングを3日続けたら発症した。その程度の運動もダメなの。なのでおそらく僕にはウォーキングしか残されていないんだけど、ウォーキングをしても痩せた試しが無い。一日2万歩くらい歩けば話はまた別なのかもしれないけど、そうなると何時間歩きゃーいいんだよって話。プランクはやってるけど、プランクだけだとなかなか痩せないし。ってことでだな、いろいろと考えた結果、以前某所で教えていただいた呼吸とストレッチをもうちょい真剣に生活に取り入れようかなと、現時点の僕は思っている。呼吸とストレッチ、そしてプランク。しばらくはこれで行ってみようかと。